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ウクライナ戦争と近衛文麿の洞察【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」44

近衞文麿(1891-1945)/第34・38・39代内閣総理大臣。

◆近衛文麿の平和主義批判

 

 ただしウクライナ戦争について、現実を直視するのは決して容易なことではない。

 この戦争、単純な解釈をみごとに許さないのです。

 

 〈平和に暮らしていたウクライナに、悪いロシアがいきなり攻め込んできた〉という解釈が成り立たないのは、「ウクライナ侵攻、ロシアはどこまで〈悪〉なのか」で見たとおり。

 〈勢力の東方拡大をめざす米欧が、ウクライナを使ってロシアを追い詰めたせいで侵攻が起きた〉という解釈も疑わしいのは、「ウクライナ侵攻、米欧は果たして黒幕か」で見たとおり。

 そして〈帝国主義、ないし覇権主義に走るロシアにたいして、ウクライナがナショナリズムで抵抗している〉という解釈すら怪しいのは、「ウクライナ侵攻とナショナリズムのねじれ」で見たとおり。

 

 すなわち「どのような視点を持てば、ウクライナ戦争を直視したことになるのか」という点自体がハッキリしない。

 国や社会は、広く共有された現実認識、つまり「コンセンサス・リアリティ」を基盤としてまとまるのですが、ウクライナ戦争に関しては、事態の直視を可能にするようなコンセンサス・リアリティがないのです。

 だから「ウクライナの人たちがかわいそう」「とにかく戦争はよくない」といった情緒的な反応が、もっぱら目立つことになる。

 「ロシアばかり非難しても問題は解決しない」にしたところで、これの裏返し、ないし逆張りにすぎず、情緒的な反応の域を出るものではありません。

 弱者への安易な同情は、喧嘩両成敗の安易な正当化を引き起こすというだけの話です。

 

 コンセンサス・リアリティの重要性については、『感染の令和 またはあらかじめ失われた日本へ』でじっくり論じたので、詳細はそちらをご覧いただきたいのですが、ならばわれわれは、どのような視点を持つべきか。

 ここで紹介したいのが、戦前の政治家・近衛文麿が1918年末に発表した論文「英米本位の平和主義を排す」。

 のちに総理となる近衛も、まだ二十代後半、公爵として貴族院議員になったばかりでした。

 

 「英米本位の平和主義を排す」は、同年1111日、第一次大戦をめぐる休戦協定が成立、戦闘が終結したのを受けて書かれたもの。

 この戦争ではドイツ、ロシア、オーストリア=ハンガリーの三帝国が崩壊したため、戦後の世界の主導権はイギリスとアメリカが握ります。

 勝ち組の一員だった日本も、両国に次ぐ存在として、フランス・イタリアともども「五大国」と呼ばれるにいたるのですが、英米と残り三ヶ国との力の差は歴然としていました。

 

 で、英米が持ち出した理念が「平和主義」と「国際協調」。

 平和と協調なら大いに結構じゃないかって?

 近衛公、そうは思わなかったのですよ。

 二つの理念は、とどのつまり「自己に都合よき現状」(=英米による覇権支配)を正当化し、維持しようとするための口実であり、それを「人道」の美名で飾り立てただけではないか、と。

 だから「英米本位の平和主義を排す」というわけですが、話はこう続きます。

 

 【現状維持を便利(注:都合がいい)とする国は平和を叫び、現状破壊を便利とする国は戦争を唱ふ。平和主義なるゆえに必ずしも正義人道に叶(かな)うにあらず、軍国主義なるがゆえに必ずしも正義人道に反するにあらず。要はただ、その現状なるものの如何(いかん)にあり。】(佐藤誠三郎『「死の跳躍」を越えて 西洋の衝撃と日本』、都市出版、1992年、267ページ。読みやすさを考慮し、表記を一部変更のうえ読点を追加。以下同じ)

 

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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