安倍元首相殺害の原因を勝手に決めつけ、誇大妄想的な自説を展開することに大義名分はあるのか?【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

安倍元首相殺害の原因を勝手に決めつけ、誇大妄想的な自説を展開することに大義名分はあるのか?【仲正昌樹】


2022年7月8日、安倍晋三元首相が暗殺された。銃撃現場で逮捕されたのは山上徹也容疑者(41)。母親が、宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧・世界基督教統一神霊協会=統一教会)に入信していたことで一家が離散、その恨みを募らせた果ての犯行だったとテレビやネットメディアでは報道されている。安倍元首相暗殺の原因がさまざま語られている状況のなか、それら言説に対して、私たちはどう考えていけば良いのか? 哲学者で金沢大学教授、そして『統一教会と私』という著書もある仲正昌樹氏に緊急寄稿してもらった。


 

安倍晋三元首相が銃撃を受け暗殺される。自民党本部に記帳台設置され多くの人が献花に訪れる(2022年7月12日)

 

■暗殺されたのは、格差社会を作り出した安倍元首相の自業自得か?!

 

 参議院選挙の投票日を二日後に控えた七月八日、安倍元首相が、多くの聴衆が見ている前で散弾銃で殺害されるというショッキングな出来事があった。事件の直後は、亡くなった人の悪口を言うことは人として恥ずかしい、という日本的な道徳感が働いたのか、ネットでもマスコミでも、容疑者の証言などを元に、安倍氏を個人的に誹謗する声は抑えられていたーー小沢一郎氏や山本太郎氏のような例外もいたが。

 しかし、選挙が自民党の勝利に終わると、にわかに(あるいは予想通り)、格差社会を作り出し、容疑者を追い詰めた安倍元首相の自業自得であるとか、統一教会が背後にいることをマスコミが報じようとしない(しなかった)のは、統一教会が自民党を牛耳っているからだとか、断片的な情報に基づいて断定しようとするツイッタラーやヤフコメ民が目立つようになった。一部の政治家や著名なジャーナリストも、それに便乗するかのような発言をしている。これらの発言がどうして不毛なのか、指摘しておきたい。

 まず、山上容疑者が格差社会によって追い詰められた犠牲者で、格差社会を「作った」戦犯の筆頭が安倍氏であるので、自業自得である、という決めつけについてであるが、これは、亡くなった人を「自業自得」呼ばわりして誹謗するにしては、あまりにも雑な推論だ。「格差社会」とはそもそも何を意味するかである。従来から言われていることだが、「格差社会」について語る人の多くが、きちんと定義しないまま気分でこの言葉を使っているので、話がいろんな方向に拡散してしまいがちだ。

 「格差社会」とは、①「格差」が存在する社会なのか、②「限度を超えた格差」あるいは「耐え難い格差」が存在する社会なのか、③「格差」が拡大している社会なのか? 

 ②の意味で言っている人が多いと思われるが、「限度を超えた」とか「耐え難い」というのは、かなり曖昧だ。

 多くの人は、(再)就職先が見つからない人が増えている、一日中全力でも働いても必要な生活費が得られない人(ワーキングプア)が増えている、必要とする生活保護など公的扶助を受けられない人が増えている、といったことを念頭に置いていると思われる。これらの傾向が強まっていること自体は間違いではなかろう。

 しかし、そうなったのが、「自民党あるいは安倍さんのせい」、というのは、どういうことだろう? 国民の生活状況が悪化しているのだから、政権政党、特にその党首は重く責任を感じてしかるべきだ、という一般的な意味で言っているのであれば、それに異論がある人はあまりいないだろう。しかし、憎しみを込めて「アベが…」「アベが…」、と言っている人たちは、そういう意味での“アベのせい”では満足しないだろうし、“張本人”を殺したくなる動機としては弱すぎる。

 「アベのせい」と言っている人たちは、①自民党あるいは安倍首相が、非正規労働者など不安定な雇用状態に追い込まれる人たちを意図的に作り出し(=彼らを犠牲にし)、グローバルな大企業が業績を向上させることに協力した ②意図的に犠牲したのではないかもしれないが、そういう人たちを完全に見殺しにした――のいずれかだと考えているようである。①にはかなり無理がある。安倍首相など自民党の幹部や高級官僚が、そういうことをわざわざ公言するわけがないし、現に、彼らが何かの秘密会議のような場で、そういう“意志決定”を行ったという証拠などない。そういうものを勝手に想定しているとしたら、立派な陰謀論である。陰謀論でないとしたら、他人の心の中を勝手に憶測しているにすぎない。

 ②の線で考える場合、考慮すべきポイントが少なくとも二つある。

(1)安倍氏たちは、不安定な雇用状態に置かれる人たちのために本当に、意図的に何もしなかったのか、自民党の雇用・福祉関係の政策は有権者向けのフェイクなのか。

(2)雇用関係の法制度を変えて、非正規労働者を増やさなくても、日本の企業のほとんどはグローバルな競争に耐えて、雇用を維持することができたのか。従来の雇用形態を維持した結果、企業倒産によって失業者が激増し、日本経済全体が崩壊する可能性はなかったのか。

 これらを真面目に考えるため、いろいろな資料に当たって調べるのはかなり大変である。真面目に調べれば、「アベが全ての元凶…」と、ふざけ気味のツイートをしている人たちの主張に反する事実がいくつか見つかるだろう。簡単に答えが出せるものではない。無論、経済学者や政治学者並みに、自民党政権の「新自由主義的政策」と呼ばれるものを研究してからでないと、安倍批判をしてはならないなどと無理な注文をするつもりはないが、真面目に政治・経済について勉強する気もないくせに、マスコミ報道から得た断片的な印象だけで、安倍氏をヒトラーやスターリン並みの犯罪者扱いし、ふざけ半分に、殺されても当然だと言わんばかりに罵(ののし)るのは、そういう発言をする人間の品性のなさを端的に示している。

次のページ安倍氏に対する誹謗中傷キャンペンをする人の品性

KEYWORDS:

◆KKベストセラーズ 仲正昌樹氏の好評既刊◆

 

※カバー画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

※POP画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

オススメ記事

仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

統一教会と私 (論創ノンフィクション 006)
統一教会と私 (論創ノンフィクション 006)
  • 仲正昌樹
  • 2020.11.30
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25
現代哲学の最前線 (NHK出版新書 627)
現代哲学の最前線 (NHK出版新書 627)
  • 仲正 昌樹
  • 2020.07.10