作家・田中真知と、イスラーム法学者・中田考によるウイズコロナ小説『世界のエリートはみなヤギを飼っていた』。

　交通事故で入院中のリュウのもとに突如現れたヤギとアラブ人風の謎の外国人。その正体とは？　同級生の看護師レイとともにリュウは奇妙な日常に巻き込まれていく・・・

 【第８回】は「動物探偵はカメを抱える」。

世界のエリートはみなヤギを飼っていた

第８回　動物探偵はカメを抱える

「あんた、前に会ったよな？」

　リュウが声をかけると、ひげの外国人の男は驚いたような顔をした。

「ほら、ヤギ探していただろ」

　男は思い出したのか、無言でうなずいた。

「あのヤギ、見つかったかい？」

　男は首をふった。

　男はリュウのことより、歩道をゆっくりしたペースで遠ざかっていくカメに気を取られていた。漬物石にでもなりそうな、けっこう大きなカメだ。

　男はリュウを追い越すと、身をかがめて、カメを背後から抱え上げた。カメはなにが起きたのかわからないようすで手足で宙をかいている。

　カメを片腕で抱えたまま、男はスマホを取り出し、どこかに電話した。そして「５時17分、カクホ」といって電話を切った。

　なんなんだ、こいつ？

　リュウはいぶかった。

「そういえば、オレ、あのあとヤギ見たよ」

　 リュウの言葉に男がびっくりして目を上げた。

「ヤギ、どこで見たですか？」

「病院」

「病院？」

「そう、オレの入院している病院」

「アナタ、病気？」

「いや、ちょっとケガしてさ」

「いつ見たですか？」

「えーと、おとといの夜中。コーラ飲んでた」

「コーラ？」

「でも、駅前にいたのと同じヤギかどうかわかんないけどさ……」

「案内してください」

「えっ？　でも、もういないぜ」

「いなくても、案内してください！」

「どうせ戻るとこだから、いいけどさ……あんたいったいなにやってるの？」

「ビジネス」

「ビジネス？」

　男がうなずいた。

「ビジネスか。カッコいい響きだな、オレもそんなふうにいってみたいな。で、どんなビジネス？」

　男はカメを片腕で抱えたまま、ズボンのボケットから名刺を取り出すと、リュウに渡した。

　動物探偵　アスラン

　濃い緑の地に金色の文字でそう書いてある。

「動物探偵？　なんだ、そりゃ。アスランて、あんたの名前？」

　男はうなずいた。

「よくわかんないけど、まあ、いいや、オレはリュウ」

「リュウ……」

「アスラン、赤飯食うか？」

　リュウはレジ袋からさっきコンビニで買った赤飯おにぎりを取り出すと、男に渡した。男は警戒心をといたのか目を細めて受け取った。

　アスランは一方の手でカメを抱え、もう一方の手で器用におにぎりの包装をはがすとマスクを外して頬張った。鋭い目と濃いひげのせいか、年とって見えたが意外と若いのかもしれなかった。

「アスラン、あんたいくつだ？」

「イクツ？」

「歳だよ、歳。何歳」

「あ、20歳です」

「まじ！　年下かよ。オッサンくせーな」

　アスランはおにぎりを夢中で頬張っていた。腹が空いていたらしい。

「うめえだろ！」

　アスランは口をもぐもぐさせながら、うなずいた。

「ビジネスか……」

　リュウがつぶやいた。

　＊