ウクライナ戦争と安倍総理殺害【佐藤健志】
佐藤健志の「令和の真相」45
◆プーチンが挑んだ〈現状〉とは
まずはウクライナ戦争をどう捉えるか。
ここで指針となるのが、「ウクライナ戦争と近衛文麿の洞察」(第44回)で論じた、戦前の政治家・近衛文麿の主張。
あらためてご紹介しましょう。
【現状維持を便利(注:都合がいい)とする国は平和を叫び、現状破壊を便利とする国は戦争を唱ふ。平和主義なるゆえに必ずしも正義人道に叶(かな)うにあらず、軍国主義なるがゆえに必ずしも正義人道に反するにあらず。要はただ、その現状なるものの如何(いかん)にあり。】(読みやすさを考慮し、表記を一部変更)
大きな変革は、既得権益の喪失をほぼ確実に伴うので、話し合いで円満に達成するのはまず無理。
国際関係においては、とりわけそうです。
よって現状を本当に変えたければ、力づくでやらねばならない。
当の行為がどこまで正当化されるかは、現在の状況がどの程度望ましいか、望ましくないかによって決まります。
とはいえ国際秩序の現状が、どの程度望ましいか、あるいは望ましくないかは、それぞれの国が置かれた立場によって異なる。
つまり近衛公、「戦争にたいする唯一絶対の評価は存在しない」と言っているのですよ。
ある戦争をどう評価するか、それは当該の戦争が変えようとする現状が、自国にとってどのくらい望ましいか次第なのだと。
もっとも近衛が、最初の文では「戦争を唱ふ」と書いておきながら、次の文では「軍国主義なるがゆえに」と書いているのにご注目。
「平和主義」との対比を強調すべく、「戦争」を「軍国主義」に変えたのでしょうが、ここには意味深長な含みがあります。
正義人道に反しない軍国主義ならともかく、正義人道に反しない戦争が存在するかとなると、いかんせん話は苦しくなる。
戦争は、まず間違いなく人道危機を伴うためです。
言い換えれば戦争を正当化するには、現状の維持によって生じる弊害が、戦争による人道危機を明らかに上回るほどひどいものでなければならない。
ハードルは相当に高いのであります。
とまれ日本(人)は、ウクライナ戦争をどう評価すべきか。
近衛の発想を踏まえれば、それはロシアのプーチン大統領が、今回の戦争を通じて、どんな現状を否定したがっているかによって決まります。
「ウクライナ侵攻、ロシアはどこまで〈悪〉なのか」(第41回)と「ウクライナ侵攻、米欧は果たして黒幕か」(第42回)を振り返るなら、以下のようにまとめられるでしょう。
(1)ウクライナがアメリカとEU、すなわち米欧に接近することで、ロシアから離反する動きを強めていること。
(2)米欧もまた、ウクライナを利用する形でNATOの東方拡大を図り、ロシアを追い込もうとしていること。
(3)この全てが「自由民主主義を世界に広める」というタテマエによって正当化され、道義的に望ましいと見なされがちであること。
プーチンが否定したがっているのは、第一に米欧、とくにアメリカの覇権であり、第二にそれを支える「自由民主主義の優位性」の理念なのです。
2007年、ミュンヘンで開かれた国際安全保障会議でも、彼はこう述べました。
【(注:アメリカが覇権国として世界を仕切ることには)民主主義との共通性など全くありません。ご存知のとおり、民主主義とは、少数者の利益と意見を考慮に入れた多数派の権力を言うのです。
【ついでながら、我々、つまりロシアは、常に民主主義についてお説教を受けてきました。しかしどうしたものか、我々に教えを垂れようとする人々は自ら学ぼうとしないのです】(小泉悠『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』、東京堂出版、2019年、94ページ)
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