統一教会による金銭トラブルは「日本人の宗教観」に由来する理由【中田考】
ハサン中田考が語る「安倍暗殺と統一教会」《特別寄稿:後編》
安倍元総理暗殺事件から49日が経つ。銃撃した容疑者は宗教団体である統一教会(世界平和家庭連合)に恨みを持ち続けていたという。その広告塔として影響力のあった安倍元総理をはじめ、自民党議員の多くが統一教会やその関連団体となんらかの関係があることが次々暴かれ、テレビも新聞も「政治と宗教」の話題で持ち切りである。日本人にとって宗教とは何か?この一連の騒動で「日本人の宗教理解の特性」が露わになったと語るのは、イスラーム法学者・中田考氏だ。新刊『中田考の宗教地政学から読み解く世界情勢(仮)』(イースト・プレス)の発売(10月7日)も待たれる中田氏が「安倍暗殺と統一教会」についてはじめて語る。前編につづき、<特別寄稿:後編>をお届けします。
■CIAのコントロールが利かなくなった統一教会
実のところ、日本において統一教会はたいした問題は起していません。立憲民主党の2022年7月付広報によると、統一教会の1987年から2021年までのいわゆる「霊感商法」被害額は1230億円に上ります。しかし「霊感商法」は日本ではごくありふれた行為です。みなさんもネットで「パワーアイテム」で検索すれば「幸せを生むパワーアイテム」といった商品の広告が溢れているのを自分の目で確かめることができます。
また統一教会が安物の壺を100万円で売りつけるのと伝統仏教が「死者を成仏させる」と言って100万円で戒名を授けるのにどれほどの違いがあるでしょうか。「本当の自分をみつけるけることができる」と謳う自己啓発セミナーが100万円の受講料を取るのも私には本質的に同じことに思えます。統一教会の信徒の誘拐、監禁などの嫌疑についても、伝統宗教の出家との境界は曖昧であり、少なくとも日本では、統一教会は監禁した信者に教団名義の保険金をかけた上で殺して教団が保険金を受け取るといった陰惨な殺人事件は起こしてはいません。
統一教会はグローバルに宣教活動を行っていますが、立憲民主党のヒアリングによると霊感商法被害は日本で突出しています。しかしこのことも日本での統一教会による金銭トラブルは、ある意味で統一教会の問題であるというよりも、宗教の意味が曖昧な日本の宗教観の特性に由来すると言うことができることの傍証となっています。しかしそれだけなら1978年に900人以上の集団自殺者を出した「人民寺院」のような危険なカルトが存在しない日本人の宗教観のマインドセットを特に問題視することはありません。
日本人の宗教観のマインドセットの真の問題はもっと根が深いものです。CIAの分析によると、朴正煕政権で韓国の情報機関KCIAのトップを務めた金鍾泌が政権の「政治的道具」として組織した統一教会は、韓国にとって重要な日本とアメリカで社会や政府の分裂を狙って秘密工作活動を行っていました。日本とアメリカでは大きな成功を収め、日本では何十年にもわたって教団の収益の7割を日本での収益が占めていたほどであり、アメリカでは首都ワシントンの2大日刊紙の1つである超保守的・反共的な報道姿勢で知られている『ワシントン・タイムズ』を所有しています。安倍は2021年の秋、アメリカのトランプ前大統領と共に統一教会関連団体のイベントにビデオメッセージを送っていました。
CIAの分析によると、秘密工作活動が思いがけない結果をもたらし、自らがつくった組織をコントロールできなくなることも珍しくありません。その典型が統一教会の教祖文鮮明の七男文亨進が米ペンシルベニア州を拠点に設立した文鮮明の妻韓鶴子が率いる統一教会から別れ対立関係にある分派「サンクチュアリー」です。この教団は、アメリカの地方部の白人たちが抱く怒りと被害者意識、銃を個人の自由の象徴と見なす発想を教義に取り込んでいます。また信者はアサルトライフルを持って宗教行事に参加し準軍事的な訓練を行いトランプ元大統領を支持していることでも知られています。
日本人の宗教観のマインドセットの問題は、それが特殊日本的、それも「徳川の平和期」の政治優位の多宗教共存体制の中で生まれた時代的制約があることに無自覚に、その枠組みで世界を見てしまうことにあります。しかし世界の宗教が必ずしもそのようなものであるわけではありません。
『原理講論』という教理書を有し「原理運動」の別称も有する統一教会は、文字通り「原理主義」教団であり、政教分離ではないばかりか、政治優位でもありません。 宗教的理念、教理に基づき、世界が神の勢力である民主主義国家群とサタンの勢力である共産主義国家群に分かれて第三次世界大戦を引き起こし、神の勢力が勝利にイエス再臨の地である韓国を中心に世界が統一されると「純粋に」信じ、その信仰に基づき政治的な世界戦略を展開しています。
世界の軍事的覇権を握る宗教国家アメリカに対しては、その(政治的)首都ワシントンで『ワシントン・タイムズ』を通じて統一教会の教理をアメリカの軍事力によって実現することを目指して秘密工作をしてきました。ちなみにロシアのウクライナ侵攻においては、統一教会はウクライナの側に立ってアメリカのロシアとの戦いに加担しています。
他方、政治的にはアメリカの属国に過ぎず独自の軍事戦略を持たず、国民の宗教観においても世俗化している日本では岸信介以来、自民党のタカ派に取り入る秘密工作をしてきましたが、日本での宣教は「霊感商法」を通じた資金獲得に特化する戦略を取ったと考えられます。
安倍の銃による殺害は確かに「銃による殺人が少ない安全な国」との日本の対外イメージを傷つけました。しかし殺害犯は統一教会員ではなく、統一教会は日本では銃器の持ち込み戦略を放棄し、武装訓練もしていません。ですから安倍の暗殺をもって統一教会が安全保障上の脅威であると言い立てるのは無理筋です。白昼堂々と衆人環視の元に元総理が暗殺されたのは、カルト宗教の危険性といった話ではありません。ツイッター上で「結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない」と公言している銃を扱える元自衛官の監視を怠り衆人環視の下に元総理に至近距離まで近づかせた上で銃撃するのを防げなかった警察の治安能力の低さのせいでしかありません。
つまり、日本国内だけの問題を考えた場合、統一教会の活動は悪徳商法、詐欺事件であって治安問題ではなく直接の安全保障上の脅威でもありません。また国内の活動だけを考える上では、日本的宗教理解で統一教会を、「献金しないと地獄に落ちる」などの宗教の言葉で脅してはいても本当は信者から金を巻き上げるのが目的の詐欺集団に過ぎない、と誤解してもさほど大きな問題はありません。
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