すでに破綻国家だったウクライナと、トッドが指摘していたこと【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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すでに破綻国家だったウクライナと、トッドが指摘していたこと【中田考】

ロシアのウクライナ侵攻 その認識における「地域研究」の問題性【中田考:集中連載第2回】

【12.ウクライナ国家形成の失敗】

 

 ロシアは「国家に依拠する秩序」の伝統があったために1990年代に危機を迎えたにもかかわらず、国家の再建に成功し、国家によって完全に制御された軍隊の再建にも成功しました。(51頁)。トッドが1976年に、ソ連が1030年以内に崩壊すると予言するにいたった統計では、乳幼児死亡率は1971-1974年にかけて22.0%から27.9%に上昇していましたが、1990年には18.4%だったものが2019年には4.9%にまで低下しアメリカの5.4%を下回り、自殺率も2019年には10万人当たり11.5人でアメリカの13.9人を下回っています(116-118頁)。

 またロシアは暴力的で西欧に比べて権威主義的で抑圧的な体制であることは確かですが、ロシアのツァーリズム体制下やソ連のスターリン体制下に比べれば遙かに改善されており、大局的に見て、歴史上最も自由な状況にあります(99頁)。

 それに対してウクライナは国家の伝統がなかったために、独立から30年以上経過しても、十分に機能する国家を建設できないでいました。軍隊もアメリカとイギリスの援助によってしか組織できませんでした(51-52頁)。ウクライナはロシアの侵攻前に既に破綻国家化していました。ウクライナは独立時にソ連時代の遺産として教育水準が高かったため、ドイツを始め西欧諸国がウクライナから「安価で良質な労働力」を吸い寄せた結果、独立以来、人口の15%を失い、5200万人から4500万人に激減しました。つまり国家建設の未来を担うべき高等教育を受けた優秀な労働力人口が、海外での豊かな生活を求めて海外に出ることを選び大量に流出してしまっていたのです(51-52頁)。2022224日のロシアの侵攻以来、4か月あまりで700万人の難民が海外に流出したと言われていますが、同じほどの人数が独立以来海外に流出していたわけです。

 

【13.破綻国家とは何か】

 

 近代国家とは領域国民国家システムの構成要素です。つまり国家は「単体」で「存在」しているのではなく、領域国民国家システムの承認によって存在します。「破綻国家」であってもシステムが承認されている限りは国家はゾンビのように腐った死体のまま生きているかのように動き続けます。

 国連安保理の承認によりアフガニスタンを侵略したNATOを中心とする国連軍の傀儡政権「アフガニスタン・イスラーム共和国」は20年にわたってゾンビのように腐臭を放ちながら存続し続けましたが、米軍の完全撤退を待つまでもなく2021年8月15 日、タリバンの攻勢の前に雲散霧消しました。逆に、「国際社会」の傀儡政権アフガニスタン・イスラーム共和国の「ゾンビの頭」アシュラフ・ガニー大統領を「切り落とした(国外逃亡させた)」タリバン政権は(アフガニスタン・イスラーム首長国)アフガニスタン全土を実効支配していても、国際社会の承認を得ていないために、2022年9月の時点でもいまだに国家として存在していないことになっています。

 ウクライナに話を戻すと、実質的に破綻国家でありながら、ウクライナは領域国民国家システムの承認により国家として存在しており、「公定ナショナリズム」により、国家の暴力装置を背景として力ずくでノヴァロシア(ドンバスの東部、南部)をウクライナから法的に切り離そうとしました。それが2014年のユーロ・マイダーン革命です。

 既述の通り、ナショナリズムは多民族、多宗教、多言語が併存する地域の宿痾です。ネーションの存在は近代国家ネーション・ステートの存在理由(raison d’être)であり、また領域国民国家システム全体の公認イデオロギーであります。それゆえ、ネーション概念は、領域国民国家システムが覆い尽くす世界中の国々で、その国の教育やその他の「公定ナショナリズム」の情報文化政策によって制度的に極めて強い忠誠感情を喚起するものにされています。そしてその忠誠感情が強ければ強いほど、それはその国の内部でそのネーションから排除された、あるいは逆に無理やりに包摂された別のネーション意識を持つマイノリティー集団の強い反発を受けることになり、そうしたマイノリティー集団が国境をまたいで複数の国に存在する場合には、国際紛争の種になりやすくなります。

 それが内部に深刻な対立、分裂をかかえた破綻国家ウクライナで生じ、それにロシアと英米、ヨーロッパが付けこんだことが、紛争を深刻化させ、一方の当事国ロシアが国連安保理常任理事国であることが、「問題の解決」を困難にしているのです。

(第3回へつづく)

 

【注】

[1] エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』文芸春秋2022620日。

 

文:中田考(イブン・ハルドゥーン大学客員教授)

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■目次■
序 タリバンの復活とアメリカの世紀の終焉
第I部:タリバン政権の復活
第1章 タリバンについて語る
第2章 アフガニスタンという国
第3章 アメリカ・タリバン和平合意
第4章 イスラーム共和国とは何だったのか
第5章 タリバンとの対話
第6章 タリバンとは何か
第7章 タリバンに対する誤解を超えて
第8章 タリバンの勝利の地政学的意味
第9章 タリバン暫定政権の成立
第10章 文明の再編とタリバン

第II部:タリバンの組織と政治思想
第1章 翻訳解説
第2章 「イスラーム首長国とその成功を収めた行政」(翻訳)

1.国制の法源
2.地方行政の指導理念
3.地方行政区分
4.村落行政
5.州自治
6.中央政府と州の関係
7.中央政府
8.最高指導部
9.最高指導者
10.副指導者
結語

第3章 「タリバン(イスラーム首長国)の思想の基礎」(翻訳)

1.タリバン運動の指導部とその創設者たちのイスラーム理解
2.思想、行状、政治、制度における西欧文明の生んだ退廃による思想と知性の汚染の不在
3.国際秩序、国連、その法令、決議等と称されるものに裁定を求めないこと
4.アッラーの宗教のみに忠誠を捧げ虚偽の徒との取引を拒絶すること
5.領主と世俗主義者の指導部からの追放と学者と宗教者の指導部によるその代替
6.民主主義を現代の無明の宗教とみなし信仰しないこと
7.一致団結と無明の民族主義の拒絶
8.純イスラーム的方法に基づくイスラームの実践
9.政治的制度的行動の方法において西洋への門戸の閉鎖
10.女性問題に関する聖法に則った見解
11.ジハードとその装備

跋 タリバンといかに対峙すべきか

解説 欧米諸国は、タリバンの何を誤解しているのか? 内藤正典

付録 アフガニスタンの和平交渉のための同志社イニシアティブ

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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