「学校に行けない子どもたち」はもはや特別な存在ではない【西岡正樹】
2021年10月に発表した文科省の調査によれば、小・中学校における不登校の児童生徒数は19万6,127人と過去最多だった。病気などの理由で長く欠席している子どもを含めると、「学校に行けない子ども」の数はもっと多いのが実情だという。「もはや不登校児の存在は特別ではなくなった」。そう語るのは、小学校教員歴40年の西岡正樹氏。学校へ行くことができない子どもが増えているのはなぜなのか? 子どもたちが知らず知らずのうちに抱え込んでしまう過度なストレスの原因を考察した。
■「登校拒否」はいまや「不登校」と言われ・・・
学校に行くことが「当たり前」だった時代は確かにありました。1980年代頃まで、多くの日本人はそう思っていたのではありませんか。その頃までは、大人たちも「学校へ行けば一人前になる知識や体験を得ることができる。いい学校に行くために必要だ」と信じていましたから、親たちは学校に行く子どもたちに声をかけることを忘れません。
「先生の話をちゃんと聞くんだよ」
「学校でちゃんと勉強してくるんだよ」
1980年代頃までに小学校に通っていたいまの大人たちは、お父さんやお母さんにこのような声をかけられていた。そんな人が、ほとんどだったのではないでしょうか。
しかし、2022年の今、そのような学校神話は、もう存在していません。学校に行っていない小中学生数は19万6,127人(文科省調査2021年10月発表)です。実際は数字に表れている数より多いでしょう。また、「学校へ行っていない」という事実は同じなのだが、内実を見ると、学校に行きたいのに行かれない子どももいれば、自らの意思で学校に行かないことを選んだ子どももいます。どちらにしても、今学校に行くことは「当たり前」ではなくなってしまったのです。
一時期、世間は、学校に行っていない子どもたちを「登校拒否児」と呼んでいました。その言葉の響きは、「学校に行くことを拒否しているとんでもない奴だ」という意味を含んでいます。しかし、「拒否」する子どもがどんどん増えていき、クラスの中に数人いるような状況になると、悪いのは子どもだけではなくて、「拒否」される学校にも問題があるのではないのかと思われ始めました。学校へ行けない子と学校に行かない子がいる中で、「登校拒否」は「不登校」に変わったのです。
呼び名は変わっても学校へ行っていない子どもたちは年々増えています。そしてコロナ禍、その上昇曲線は急角度を示している。この状況下で浮き出る「不登校の問題」や「学級崩壊の問題」は、一学校、一個人の問題として片づけられない根深いものがある、と私は考えています。
私が初めて「登校拒否児」と対面したのは35年前です。その頃は「不登校」という名称はありません。学校に登校できない子どもは、まだ「登校拒否児」と呼ばれていました。S子は、とても物静かな子どもでした。元気のいい子どもたちが集まった5年生。その中で目立った言動はほとんどありません。手を挙げて発言することも稀でした。しかし、私は、その目の底にある小さな光から、彼女の表に出さない気の強さも感じていました。
5月の連休明け、S子は登校してきませんでした。連絡帳には「体調が悪いのでお休みします」とだけ、記されていたのですが、「嫌な予感」はその連絡帳を読んだ瞬間から、何故かあったのです。S子の目が不意に私の脳裏に浮かんできました。次の日も、その次の日も、S子は欠席です。私は直接電話することにしました。
「先生、すいません、S子が『学校に行きたくない』と言って動かないんです」
「そうですか、それではそちらに伺って直接話をしていいですか」
「すいません、先生とも話をしたくないというんです」
「そうですか。それでは今日のところは様子をみましょうか」
「すいません」
お母さんはとても恐縮しています。「自分の子がとんでもないことをして学校に迷惑をかけている」というお母さんの気持ちが、私には痛いほど分かりました。次の日も、S子は休みました。
私は、前年度までS子の担任だったF先生に相談することにしました。S子がF先生をとても慕っているのを知っていたからです。それは、家庭訪問時のお母さんの話から分かっていました。F先生は
「私がS子と話をして、S子の気持ちを聞いてみるね」
と快く引き受けてくれ、その日のうちにS子から話を聞いてくれたのです。
すると、想像すらしなかった話が、S子の口から出てきました。F先生も驚いているようでしたが、「あなた、どうするの」という問いかけの中に、私への期待が含まれているように感じられたのは、どうしてでしょうか。
「S子はね、男の先生が嫌なんだって。西岡先生というより男の先生が嫌だから、女の先生のクラスに行きたいって言うんだよね。だから、私はS子に言ったわ、『そういう気持ちがあるんだったら、直接西岡先生に言いなさい』って。そしたら、『話をする』って言ったの。だから、話を聞いてあげてね」
淡々と話すF先生は自分の感情を入れずに、S子と話をした内容だけを伝えてくれた。そして、「話を聞いてあげて」という言葉以外は何も言わずに、自分の席へ戻っていきました。
私は次の日、さっそくS子の家に出かけて、話を聞いたのです。ここでは結論だけを記します。