“デジタル庁” 創設時からあった「官民癒着」の懸念と実情とは【甲斐誠】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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“デジタル庁” 創設時からあった「官民癒着」の懸念と実情とは【甲斐誠】

「デジタル国家戦略 失敗つづきの理由」集中連載【第3回】


現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードと一体化する方針を河野太郎デジタル相は明らかにした(2022年10月13日)。カードの交付率はやっと5割を超えたところ。一体化政策に反対する国民の声も大きい。そもそも日本のデジタル国家戦略はなぜ遅々として進まないのか? なぜデジタル庁は失敗ばかりするのか? 国家を動かす組織に対する不信が横たわっているようだ。中央省庁を長年取材し、日本のデジタル戦略の最前線を取材しつづけた記者甲斐誠が明かす「日本の組織」の実情とは。電子書籍デジタル国家戦略 失敗つづきの理由の発売を記念し集中連載。第3回「デジタル戦略 失敗つづきの理由3」は「デジタル庁創設時から懸念された官民癒着」。理想は語れども実が伴わない組織の病根は、政府組織もあなたの会社もじつに似ていることに気づくはずだ。「責任者の責任感のなさ」「意思疎通の不全」そして「成り行き任せ」。


石倉洋子

 

理由3■曖昧なまま始動したデジタル庁の実情

 

 

◆新しい社会を

 

 発足当日の朝、デジタル庁が拠点を構える紀尾井タワーの前では数十人規模の抗議活動が行われていた。行政が個人のプライバシーをのぞき見て、統制する「監視社会」につながるといった懸念を示した横断幕やプラカードを持った人々が、遠巻きにタワーを見つめていた。ビラ配りをするものの、受け取る人はごく少数だった。近代的な民間高層ビルの中に足早に入っていく人々の誰がデジタル庁職員なのかも判然とせず、参加者の大半は誰に訴え掛ければ良いのか分からず、うつろな目をして出勤風景をただ眺めていた。

 一方、ビル内では夕方になってからデジタル庁の発足式が開かれ、幹部や報道関係者が一室に集まった。菅義偉首相(当時)は官邸からオンラインで参加し、「スピード感を持ちながら、国全体を造りかえる気持ちで知恵をしぼってほしい」とハッパを掛けた。官邸から車で5分の距離なので、現場を直接訪れても良かったように思うが、敢えてオンライン訓示とすることでデジタル庁らしさをアピールした。霞が関の新設組織に恒例の、大臣による「看板掛け」もなかった。

 式典で独自の存在感を発揮したのは石倉洋子氏だった。赤いワンピース姿で「デジタルは新しい社会を作っていく。社会を色々な意味で変えていく原動力になる」と熱弁を振るった。「変えるのは怖いと思うかもしれないが、一方でものすごく大きな可能性を、大きな機会を提供できる。職員の皆さんは世界における日本の地位を大きく変えるプロジェクトに参加する。それはものすごい誇りで将来にもつながる」と、デジタル庁で働く意義を強調してみせた。新型コロナウイルスの感染拡大対策のため実際に参加したのはごく少数の幹部だけで、大半の職員はオンライン参加だった。

 発足段階の職員数は約600人。約200人で発足した消費者庁と比べると、体制を大きく構えたようにみえる。大学や企業、研究機関など人材も多様だ。IT業界からは富士通や日立製作所、日本マイクロソフトといった古参組だけでなく、Zホールディングス、ヤフー、ソフトバンク、楽天、グーグル・クラウド・ジャパンなど新興組も含めて有力企業が軒並み人材を送り込んだ。コンサルティング企業ではデロイトトーマツコンサルティング、金融では三井住友銀行と三菱UFJ銀行、その他東大や慶大、奈良先端科学技術大学院大学や東京慈恵医科大付属病院など幅広い業界、団体から人材を呼び込んだ。

 

 

◆リボルビングドア

 

 多様な人材を抱えるデジタル庁は、新たな公務員のキャリアパスや働き方の実験場としても位置付けられた。幹部に民間出身者を据えたり、既存省庁とは異なる組織割りを導入したりするなどさまざまな試みを行っている。例えば、発足とともに就任した4人の局長級幹部の一人、楠正憲氏は、日本マイクロソフトでの勤務経験がある民間人だ。中央省庁の局長級幹部に民間人が就くのは極めて異例。しかも、通常は50代後半から60代で就任する、高い給与水準相当の重い責任がのしかかるポストであるのに対し、楠氏は発足当時44歳に過ぎなかった。そもそも事務方トップの石倉氏も企業での勤務経験があり、職員の3分の1は民間人が大半。これまでの霞が関ではあり得ない人事配置だ。

 ただ、デジタル庁に多くの人材を送り込んでいる経済産業省など一部省庁では、企業の社員と官僚が互いに霞が関と民間を行ったり来たりしながら、キャリアを積んでいく「リボルビングドア(回転ドア)」方式の導入を望んでいた経緯がある。デジタル庁の官民入り交じった組織がうまく機能するようなら、これが他省庁にも今後広がる可能性がある。

 組織割りも独特だ。局長や課長を置かず、相当するポストとして統括官と参事官を置いた。各プロジェクトに対応し、機敏に対処するのが目的という。一般的な省庁では、総務課が局内の調整に当たる。局内の意思統一を図りつつ、監督する役目などを担っている。ただ、調整が難しい案件の場合、総務課からストップが出たり、了承を得るまでに時間がかかったりするケースがある。そこで課長級の参事官がそれぞれ責任を取る形とし、調整機能を抑え込んだのがデジタル庁だ。復興庁もよく似た組織割りになっているが、スピード感を持って対応すべき案件が多い省庁には適している。ただ、調整機能がない分、各参事官の責任は重くなり、庁内での仕事の割り振りの裁定役もいなくなるという弱点もある。実際、発足当時は仕事の割り振りに苦労したようだ。

 いずれにせよ、政策実施にスピード感があり、リモートワークや兼業など柔軟な働き方の職員が多い点ではデジタル時代に適した組織形態と思う。ただ、多様な人材を確保できる半面、柔軟であるが故のもろさも兼ね備えている。

 民間人材の登用には、採用者の判断が大きく影響する。政府の官僚機構は、国家公務員試験の合格者により組織されることが前提となっている。為政者の判断で、自分の息のかかった民間人を幹部級職員として次々に据える人事が横行するようになれば、行政の中立性を大きく損なうことになる。戦前の日本では官僚が政党色に染まり、猟官運動の激化を招くなど弊害が大きかったという。本格導入に際しては人事の公平性を守るため、外部の専門家でつくる第三者委員会による厳しいチェックなど一定の規制が必要になるだろう。

 

 

◆誓約書

 

 発足の数カ月前、デジタル庁職員には官民癒着を防ぐための厳格なルールを課すべきという議論が持ち上がった。IT企業との兼務者も多いことから、アプリやシステムを発注する際、兼務先に予定価格などを漏洩しないような仕組み作りが必要だった。議論の発端は、世に言う「オリパラアプリ問題」。新型コロナウイルスが蔓延しないよう、2020年東京五輪・パラリンピックで各国から訪れる観光客や大会関係者の体調を管理するアプリの開発経費が極めて高額として、2021年2月頃、野党から追及を受けたことだった。

 体調を崩した人を迅速に把握し、隔離や治療といった必要な対応を円滑に実施するという目的は正しかった。だが、開発費に約73億円を要することが後になって判明し、高額過ぎるとの批判が野党から噴出した。政府は、最低限の機能に絞り込んだ上で開発費を約38億円に抑え込んだ。新型コロナウイルスの感染拡大で海外からの観戦客の受け入れを断念したことを受け、査証や顔認証に関する機能も削減することで大幅な減額が可能になったという。

 高額な開発経費に対する批判の中には、デジタル行政に関する官民癒着を懸念する声もあり、発足間近のデジタル庁も対応を迫られた。デジタル庁の前身となる内閣官房のIT戦略室は対策を練るため、2021年6月に弁護士や大学教授ら5人でつくる「デジタル庁における入札制限等の在り方に関する検討会」(座長・梶川融太陽有限責任監査法人会長)を設置した。

 議事録は公開されていないが、議事要旨によると、委員からはこんな意見が出ていた。

「入札側がルールの抜け穴を狙って運用する可能性を想定していくことが必要」

「デジタル庁は今後の職員受け入れ態勢、教育体制をしっかり整えることが重要」

 こうした議論を踏まえ、8月下旬に検討会がまとめた報告書は、行政サービスの改善に向け、デジタル庁には民間人材の知見が不可欠とみなす一方、「特にシステム調達で、兼業先企業に便宜供与を行うなどの利益相反行為が発生しないよう、高い透明性・公平性の確保が求められる」と指摘した。

 対策として、民間人材の採用時には兼業先の情報だけでなく、保有する株式や特許権について、デジタル庁に報告させるよう求めた。不正行為に関わらないことを誓約し、署名した書類の提出を義務付けることも提案した。

 報告書の内容に基づき、デジタル庁は職員の派遣元企業が参加する入札に対する関与制限を内部ルールに盛り込み、発足した。幹部は「発足時点で職員全員が署名した状態になる」と説明していたが、参議院議員が政府に出した質問主意書によって、実際には10月14日時点で99人が署名を済ませていなかったことが後に判明。10月末になってようやくほぼ全員から回収した。誓約書への署名は、メールによる一斉送信で呼びかけただけだったため、見落としていたり、単にずぼらで返信しなかったりした職員がいたため、回収に時間がかかったようだ。兼務先企業にも報告する必要があったため、遅くなった職員もいたかもしれないが、いずれにせよ、組織の規律の面では他の省庁と比べルーズな側面が垣間見えた気がする。

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<内容>

過去を振り返れば、日本のデジタル国家戦略は失敗の連続だった。高い目標を掲げながらも先送りや未達成を余儀なくされるケースが多かった。なぜ失敗つづきだったのか? どうすれば良かったのか? 政府主導のデジタル化戦略の現場を密着取材してきた記者がつぶさに見てきたものとは何だったのか? 一般のビジネスマンや生活者の視点もまじえながら、「失敗の理由」を赤裸々に描写する。

■そこには、日本の組織や人材の劣化があった。読者は他人事とは思えない「失敗する組織」の構造を目の当たりにするだろう。

■さらに、先進IT技術の導入による社会変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が急展開する中、われわれはどう適応し、どうやって無事に生き残っていくべきか? 「デジタル化失敗の理由」を20個厳選し、必須知識として本文中に詰め込んだ。

■セキュリティの厳しさから、DX推進の総本山であるはずのデジタル庁は、中央省庁の職員でさえ敷居が高く、全貌が見えにくい。急激に変貌する社会とわれわれはどう付き合っていけば良いのか? 本書ではデジタル庁とその周辺で今後起きる事態を予測しつつ、読者に役立つ知識を提供する。

<目次>

まえがき 日本のデジタル国家戦略は、なぜ失敗しつづけるのか 

第一章 即席官庁

理由1■創設前夜 

・時間365日 

・地方でも都市並みを提言 

・イット? 

理由2■15番目の省庁 

・人集め 

・虎ノ門から紀尾井タワーへ 

・幹部人事 

理由3■デジタル庁始動 

・新しい社会を 

・リボルビングドア 

・誓約書 

・総裁選不出馬 

第二章 監視社会

理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ 

・ビットコインを法定通貨に 

・ビットコインの街 

理由5■GPS管理される社員こそ本物の社畜 

・リモートワークで暴走する社員管理 

・「部屋を見せて」 

・ウェブ閲覧履歴はどこまで見られているのか 

理由6■社内メールで懲戒になる例とは? 

・東京都職員の例 

・心理的安全性 

・情報はどこまで守ってもらえるのか 

第三章 未完のマイナンバー

理由7■マイナンバーと口座の紐付けをぶち上げた総務大臣の苦杯 

・コストパフォーマンスが悪過ぎる 

・口座紐付け 

理由8■取った方が良いのか 

・キャバ嬢のケース 

・張り込み週刊誌記者の場合 

理由9■始まりは「国民総背番号制」 

・70年代に検討取りやめ 

・多数の不正利用 

・3度目の挑戦 

理由10■マイナンバーの登場、そして利用範囲の拡大 

・相次いだトラブル 

・信頼なき社会 

第四章 相次いで登場した政府開発アプリ

理由11■政府が推奨したCOCOA、失敗の原因 

・不具合

・8・5倍に膨らんだ契約額 

理由12■オリパラアプリ、思わぬ副産物 

・アプリ一つに73億円 

・転用、使い道広がる 

・電子接種証明書を開発 

第五章 システムとデータで日本統一

理由13■アマゾンを採用した日本政府 

・政府調達で日本企業の参加なし 

・システムトラブル 

・外資にやられる日本 

理由14■システム統一の野望 

・17業務 

・書かない窓口の普及 

・自治体は国の端末になるのか 

第六章 デジタル敗戦からデジタル統治への野望

理由15■敗北の実態 

・本当に負けていたのか 

・加古川方式 

理由16■新たな統治構造 

・役所から人が消える日 

・デジタル庁が思い描く未来 

・未来社会の到来を阻む障害とは 

・ネオラッダイト 

理由17■サイバー攻撃に耐えられるデジタル統治国家なんて幻想 

・世界初の国家標的型サイバー攻撃 

理由18■ウクライナvsロシアのサイバー戦争から何を学ぶか 

・サイバー空間での攻防 

・オンライン演説行脚 

・対策は? 

第七章 デジタル社会の海図

理由19■日本は大丈夫か 

・日本のサイバーセキュリティの現状は? 

・デジタル人材の育成は進むのか 

・移民受け入れで「開国」要求 

理由20■われわれは何を信じ、どこまで関わるべきなのか 

・信用できるネット社会

・ベースレジストリに漏洩の恐れはないのか

・法令データ検索 

・岸田政権が掲げたデジタル田園都市構想のゆくえ 

あとがき デジタル管理社会は日本人を幸せにできるのか

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甲斐 誠

かい まこと

ジャーナリスト

甲斐 誠(かい・まこと)

行政ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。大手報道機関の記者として、IT技術から地域活性化まで幅広いテーマで20年近く取材、執筆活動に従事。中部・九州地方での勤務を経て、東京の中央省庁を長年取材してきた。ラジオ出演経験あり。主な執筆記事にITmediaビジネスオンライン「失敗続きの『地域活性化』に財務省がテコ入れ」や「周回遅れだった日本の『自転車ツーリズム』」など。国と地方自治体の情報システム改革に伴う統治構造の変容など社会のデジタル化に関する課題を継続的にウォッチし続けるほか、世界遺産や民俗など地域振興に関連する案件の調査も行っている。今回、デジタル庁をつぶさに取材し、そこで目撃した事実を検証しまとめた電子書籍『デジタル国家戦略  失敗つづきの理由』(KKベストセラーズ)を刊行。デジタル庁の実情を題材にしながらも、「日本の組織の現状と問題点」を炙り出している。

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  • 甲斐誠
  • 2022.09.07