「深く穴を掘るには幅がいる」…土光敏夫の考える専門分野の伸ばし方
【連載】「あの名言の裏側」 第2回 土光敏夫編(4/4)スペシャリストかゼネラリストか
本稿をもって、土光氏編は終了となりますが、最後に土光氏が語った人生の幕引きに関する発言に触れておきましょう。
ホンダ創業者の本田宗一郎氏と親交があった土光氏。あるとき、「最期の始末をどうつけるか」という話になったのだそうです。
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意見の一致をみたのは、葬式なんてムダなことはやめよう、ことに“社葬”なんてオーバーなことをすれば、余計なカネがかかり、義理で出席する人たちにも負担をかける。みなさん忙しい身なのだから、死んだ者を気にするより、その時間を仕事に使ってもらったほうが、有意義だということだった。
(『土光敏夫大事典』より)
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土光氏は「そんなこと(葬式)をする暇があれば、亡き者に代わって志の一分でも継ぐ仕事をしてもらいたいし、暇な時、心の中で掌を合わせていただければ十分である」と綴ります。
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もし、来世に天国と地獄があるとすれば、僕はためらいなく地獄行きを望むね。でなくとも、こんな"悪僧"であればエンマさんとつき合うほうがガラに合っているというものだ。極楽はたしかに楽しいだろうが、そんなラクなところでのんびりするのは性に合わない。やっぱり地獄の、それも地獄の釜炊きでもして、その釜の底から日本の動きを監視していく――あの世に行っても、多分、そんなところでしょう。
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釜の底からいまの日本を見て、土光氏は一体どんな思いを抱いているのでしょうか。
文/漆原直行
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