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暗号資産 (ビットコイン) を法定通貨にしたエルサルバドルから、何を学んだのか【甲斐誠】

「デジタル国家戦略 失敗つづきの理由」集中連載【第4回】


暗号資産(仮想通貨)交換業大手のFTXトレーディングが経営破綻し、資産の売却手続きを開始したと発表(11月19日)。一方、エルサルバドルは昨年9月、世界で初めてビットコインを法定通貨に採用したが、国民に不人気で、利用は一部にとどまる。もはや暗号資産は投機の対象でしかないのか。エルサルバドルの大失敗から何を学ぶべきなのか。電子書籍デジタル国家戦略 失敗つづきの理由の配信し、中央省庁を長年取材しつづけている記者甲斐誠が、「エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ」を語る第4回。


暗号資産の交換業大手「FTXトレーディング」は、連邦破産法第11条の適用をアメリカの裁判所に申請し、11月月11日、経営破綻した。

 

理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ

 

 

◆ビットコインを法定通貨に

 

 ここで少し、視点を海外に移してみたい。変化の激しいデジタル政策を理解するには国内だけでなく、海外情勢の認識が必須だからだ。

 そこで、デジタル関連の独自施策に取り組んでいるエルサルバドルの事例を紹介したい。中央アメリカに位置し、九州の半分ほどの面積(約2万平方キロ)に650万人程度が暮らす。首都はサンサルバドル。コーヒー豆や砂糖きびの生産などを主要産業としている。この中米7カ国最小の国は2021年9月上旬、価値の乱高下が続くビットコインを法定通貨にするという取り組みで国際的に注目を集めた。国家が暗号資産(仮想通貨)を法定通貨に採用するのは史上初の試み。先進的な取り組みとの評価もあるが、価値が安定しないビットコイン自体への不信も相まって激しい批判が国内外から噴出した。この無謀にも思える取り組みの中心人物は、ミレニアル世代初の中米の指導者として知られるブケレ大統領だ。自身のツイッターアカウントの似顔絵は、人気ラッパーのようにキャップをかぶり、黒レンズのサングラスにひげ面という姿。2019年の国連総会では一般討論演説のために登壇した際、「ちょっと待って」と話すやいなや、壇上で「自撮り」して物議を醸し、ツイッターの自己紹介欄に「世界で最もハンサムでクールな大統領」と書き込んで批判を浴びたかと思えば、「世界で最もクールな独裁者」と表示したことも。その後、「エルサルバドルのCEO」に変更した。

 とても一国のリーダーとは思えない人柄だが、同国の政治腐敗に対する国民の怒りの受け皿として頭角を現し、首都サンサルバドル市長を経て、大統領の座をつかんだ。18歳で会社経営に携わった経験などから、政策にはビジネスマンとしての自身のキャラクターを色濃く反映させている。

首脳会談時のエルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領(左)と安倍晋三首相(2019年11月29日)。2021年6月に、ブケレはビットコインを法定通貨にすると発表した。

 

 この1981年生まれの若手指導者が描くのは、価値が上がりつつあるビットコインの流通を促すことで、国全体のデジタル化を進めるという構想だ。政府や国民が将来値上がり益を手にする可能性もあるが、暴落によって大きな損失を被る恐れもある。政府の資産と国民の財産を元手にギャンブルを楽しんでいるようにも見える。

 日本では考えられない取り組みだ。同国内でも抗議デモが行われるなど反発は出ているが、ブケレ大統領は一定の支持を国民から得ている。エルサルバドルの財政は既に逼迫しているため、藁にもすがる思いで国の命運を、この一見無謀そうに見える若き指導者に託したのかもしれない。多額の債務を抱え、2020年の政府債務総額は国内総生産(GDP)比89%、財政赤字はGDPの10・1%に達している(*2021年9月1日、野村総研・木内登英氏論文より)。簡単に言えば、財政破綻寸前の国家だ。国際通貨基金(IMF)とは融資交渉を進めているといい、綱渡りが続いている。

 財政難の政府では、いくら優れた政策を立案しても実現できない。費用捻出のため、ビットコインの値上がり益に目を付けたことは容易に想像が付く。しかも、エルサルバドルのGDPの4分の1は、米国に渡った出稼ぎ労働者による親族への仕送りが占めるという事情もある。暗号資産なら送金費用がほとんどかからない上、銀行口座を持てない国民を金融面から支援できるというメリットもある。地熱資源に恵まれた火山国であることから、地熱発電所から豊富に生み出されるクリーンな電力を、新たなビットコインを生み出す「マイニング(採掘)」に使う。財源捻出を図りながら、電力使用による環境負荷を低減できると説明している。

 

◆ビットコインの街

 

 ブケレ大統領は、デジタル技術をフル活用した「ビットコインシティ」を築く構想までぶち上げた。火山の近くに新たな街をつくり、鉄道や港湾、博物館など基本的なインフラを整備する。財源は暗号資産で調達し、マイニングに必要な電力は火山の地熱で生み出す。住民の所得税や固定資産税はタダにするという。情報通技術を駆使した「新たな行政システム」を確立する考えも明らかにしている。

 財政破綻寸前の国が暗号資産などデジタル技術の活用によって、奇跡的な復活を遂げる。夢のある話だが、現実はそう甘くない。そもそもエルサルバドルでは暗号資産の運用に必要なスマートフォンを国民の約4割が持っていないという推計もある。同国政府は、専用アプリの取得者に30ドル相当のビットコインを配ることなどで普及を促そうとしたが、導入直後はアプリがダウンロードできなくなるなど不具合も相次いだ。9月15日にはサンサルバドル市内でプラカードに「ビットコインにノー」などと書いた民衆が抗議デモを行った。当初利用者は全国民の半数程度にとどまったとみられる。

 国際社会からの批判もあった。IMF幹部は2021年7月に公表した論文で、「ビットコインは4月に6万5千ドルの最高値をつけたが、2カ月後には半値以下に急落した」と指摘、暗号資産の価格変動が激し過ぎて、市民が日常利用する紙幣や貨幣の代わりには適していないと訴えた。それでも一度法定通貨にしてしまえば、その国の人々は税金の徴収から日用品の支払いまで幅広い場面での利用を強いられると指弾した。名指しこそしなかったが、法定通貨化を検討するエルサルバドルを強く牽制する内容だった。

 暗号資産は価値変動があまりに大きいため、日常生活での利用に向いていないと断定。「ビットコインのような暗号資産に既存の通貨と並ぶ法定通貨としての地位が与えられたとしても、家計や企業がそれを価格設定や貯蓄の手段とするインセンティブがきわめて低い」とし、結局使われなくなると予測した。

 さらに、物価上昇率や為替レートが安定している先進国では暗号資産は日常的な決済手段としては普及せず、安定していない発展途上国でもドルやユーロを使う方が結局安心だという結論に至ると述べた。英国中央銀行の総裁も11月25日、エルサルバドルの取り組みが将来苦境に陥るとの見通しを示し、暗号資産は決済手段には向いていないと指摘した。

 こうした批判に対してブケレ大統領は11月28日、「俺は、英国中銀が発行する紙幣が(そのうち)消えてなくなると確信している」と毒づいてみせた。あくまでも強気の姿勢を貫く態度は変わらず、2022年1月23日にビットコインが急落した際も、マクドナルドの店員姿の自身のコラージュをツイッターのプロフィール写真に掲載した。仮想通貨で大損した場合、マクドナルドでアルバイトして日銭を稼ぐという意味のスラングに依拠していたものらしい。

 

(第5回へ つづく)

 

文:甲斐誠

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<内容>

過去を振り返れば、日本のデジタル国家戦略は失敗の連続だった。高い目標を掲げながらも先送りや未達成を余儀なくされるケースが多かった。なぜ失敗つづきだったのか? どうすれば良かったのか? 政府主導のデジタル化戦略の現場を密着取材してきた記者がつぶさに見てきたものとは何だったのか? 一般のビジネスマンや生活者の視点もまじえながら、「失敗の理由」を赤裸々に描写する。

■そこには、日本の組織や人材の劣化があった。読者は他人事とは思えない「失敗する組織」の構造を目の当たりにするだろう。

■さらに、先進IT技術の導入による社会変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が急展開する中、われわれはどう適応し、どうやって無事に生き残っていくべきか? 「デジタル化失敗の理由」を20個厳選し、必須知識として本文中に詰め込んだ。

■セキュリティの厳しさから、DX推進の総本山であるはずのデジタル庁は、中央省庁の職員でさえ敷居が高く、全貌が見えにくい。急激に変貌する社会とわれわれはどう付き合っていけば良いのか? 本書ではデジタル庁とその周辺で今後起きる事態を予測しつつ、読者に役立つ知識を提供する。

<目次>

まえがき 日本のデジタル国家戦略は、なぜ失敗しつづけるのか 

第一章 即席官庁

理由1■創設前夜 

・時間365日 

・地方でも都市並みを提言 

・イット? 

理由2■15番目の省庁 

・人集め 

・虎ノ門から紀尾井タワーへ 

・幹部人事 

理由3■デジタル庁始動 

・新しい社会を 

・リボルビングドア 

・誓約書 

・総裁選不出馬 

第二章 監視社会

理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ 

・ビットコインを法定通貨に 

・ビットコインの街 

理由5■GPS管理される社員こそ本物の社畜 

・リモートワークで暴走する社員管理 

・「部屋を見せて」 

・ウェブ閲覧履歴はどこまで見られているのか 

理由6■社内メールで懲戒になる例とは? 

・東京都職員の例 

・心理的安全性 

・情報はどこまで守ってもらえるのか 

第三章 未完のマイナンバー

理由7■マイナンバーと口座の紐付けをぶち上げた総務大臣の苦杯 

・コストパフォーマンスが悪過ぎる 

・口座紐付け 

理由8■取った方が良いのか 

・キャバ嬢のケース 

・張り込み週刊誌記者の場合 

理由9■始まりは「国民総背番号制」 

・70年代に検討取りやめ 

・多数の不正利用 

・3度目の挑戦 

理由10■マイナンバーの登場、そして利用範囲の拡大 

・相次いだトラブル 

・信頼なき社会 

第四章 相次いで登場した政府開発アプリ

理由11■政府が推奨したCOCOA、失敗の原因 

・不具合

・8・5倍に膨らんだ契約額 

理由12■オリパラアプリ、思わぬ副産物 

・アプリ一つに73億円 

・転用、使い道広がる 

・電子接種証明書を開発 

第五章 システムとデータで日本統一

理由13■アマゾンを採用した日本政府 

・政府調達で日本企業の参加なし 

・システムトラブル 

・外資にやられる日本 

理由14■システム統一の野望 

・17業務 

・書かない窓口の普及 

・自治体は国の端末になるのか 

第六章 デジタル敗戦からデジタル統治への野望

理由15■敗北の実態 

・本当に負けていたのか 

・加古川方式 

理由16■新たな統治構造 

・役所から人が消える日 

・デジタル庁が思い描く未来 

・未来社会の到来を阻む障害とは 

・ネオラッダイト 

理由17■サイバー攻撃に耐えられるデジタル統治国家なんて幻想 

・世界初の国家標的型サイバー攻撃 

理由18■ウクライナvsロシアのサイバー戦争から何を学ぶか 

・サイバー空間での攻防 

・オンライン演説行脚 

・対策は? 

第七章 デジタル社会の海図

理由19■日本は大丈夫か 

・日本のサイバーセキュリティの現状は? 

・デジタル人材の育成は進むのか 

・移民受け入れで「開国」要求 

理由20■われわれは何を信じ、どこまで関わるべきなのか 

・信用できるネット社会

・ベースレジストリに漏洩の恐れはないのか

・法令データ検索 

・岸田政権が掲げたデジタル田園都市構想のゆくえ 

あとがき デジタル管理社会は日本人を幸せにできるのか

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甲斐 誠

かい まこと

ジャーナリスト

甲斐 誠(かい・まこと)

行政ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。大手報道機関の記者として、IT技術から地域活性化まで幅広いテーマで20年近く取材、執筆活動に従事。中部・九州地方での勤務を経て、東京の中央省庁を長年取材してきた。ラジオ出演経験あり。主な執筆記事にITmediaビジネスオンライン「失敗続きの『地域活性化』に財務省がテコ入れ」や「周回遅れだった日本の『自転車ツーリズム』」など。国と地方自治体の情報システム改革に伴う統治構造の変容など社会のデジタル化に関する課題を継続的にウォッチし続けるほか、世界遺産や民俗など地域振興に関連する案件の調査も行っている。今回、デジタル庁をつぶさに取材し、そこで目撃した事実を検証しまとめた電子書籍『デジタル国家戦略  失敗つづきの理由』(KKベストセラーズ)を刊行。デジタル庁の実情を題材にしながらも、「日本の組織の現状と問題点」を炙り出している。

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  • 甲斐誠
  • 2022.09.07