「30代ビジネスマンに読んでほしい本はありますか?」古市憲寿さんに聞く!(26)
常識を鮮やかに疑い、価値観を揺るがすような本
売れている本は、人の欲望を叶えている
そっけない言い方になってしまいますが……売れてる本を読むのがいいんじゃないですか。やっぱり売れてる本って、その時代に生きる人の欲望を叶えるものが多くて、すごくよくできてますから。
たとえば佐藤優さんの『人に強くなる極意』(青春出版社)が「うまいなぁ」と思いました。ビジネス書って意識が高すぎて、普通のビジネスマンには応用できないことも多いと思うんですが、この本は「言いたいことが言えない人」に向けたもの。確かにそこで困っている人は多いですよね。
ヒット作は、『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)など、多くの人が抱える願望に寄り添った本が多いと思います。最近では、堀江貴文さんの『本音で生きる』(SBクリエイティブ)もそうですね。
特に30代ビジネスマン向けというわけではないのですが、藤子・F・不二雄の『SF短編集』が好きです。1作品あたり30ページ程度の短編集なんですけど、人が当たり前と思っている価値観を揺るがすような話がいっぱい出てくるんです。
「気楽に殺ろうよ」という作品では、主人公がある日突然「“食欲”と“性欲”が逆転した世界」にワープしてしまうんです。つまり、セックスは人前でやっても全然恥ずかしくなくて、食べているのを見られるのが恥ずかしいことになっているから、みんなカーテンを閉めてこそこそ食事をとる……みたいな世界なんです。
そこでの理屈は「セックスというのは“子孫を残すための公的な行為”だから恥ずかしくないけど、食事というのは“自分自身が生存するためだけの非常に独善的な行為”だから恥ずかしい」となっている。主人公は「そんなのおかしい」と主張するのですが、その世界の住人たちは「自分たちの考え方の方が合理的だ」と言うんです。わずかな数十ページの短編で、常識を鮮やかに疑い、揺るがすような本が僕が好きです。
あとは僕が書いた本ですけど『だから日本はズレている』(新潮社)は、もしかしたら参考にしてもらえる部分があるかもしれません。この本は「一つの世界、一つの組織に長期間いることで、どんどん“そこだけでしか通用しない価値観”に染まっていって、最終的に社会からズレた“おじさん”になってしまう」ことの怖さについて書いてあります。
最近、日本で起きている問題って、自分のいる組織の常識が、社会の常識とあまりにもズレて起きていることが多いと思います。自動車会社の隠蔽問題も、学校で起こるいじめ問題も、法律よりも、そのコミュニティのルールが優先されてしまったことが原因の一つ。
社会の常識からズレた“おじさん”ばかりになってしまったがために起こった事例は、他にもまだまだたくさんあります。『だから日本はズレている』は、そういった怖さを客観的に見つめて学ぶことができる本になっていると思いますので、ぜひ手にとってみてもらえたらうれしいです。