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ウクライナ戦争と「反グローバリズム聖戦」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」47

 

聖戦論の抱える自己矛盾

 ウクライナに侵攻し、同国の領土(の一部)を併合することは、たしかにロシアにとって「地域覇権の維持」という意味合いを持ちます。

 そして地域覇権国であることが、ロシアの主権、さらにはアイデンティティの重要な構成要素をなしているのも疑いえない。

 

 しかるに問題は、これがウクライナの主権を侵害することなしには成立しないこと。

 自国が「極」、つまり地域覇権国になるためなら、周辺国を制圧してもよいという姿勢は、ふつう「帝国主義」と呼ばれます。

 帝国の内部では、プーチン風に言えば「権威の中心が一つだけ、力の中心が一つだけ、決定を下す中心が一つだけ」の状態が成立する。

 それはずばり「支配者が一人だけ、主権は一つだけの世界」であり、ゆえに制圧された国々の主権やアイデンティティにとっては有害。

 

 ロシアがウクライナにやろうとしていることは、欧米、とりわけアメリカがロシアにやろうとしていることと同じになってしまうのです!

 世界覇権は許されないが地域覇権なら問題ない、そんな理屈はさすがに成立しないでしょう。

 

 だからこそドゥーギンは、ウクライナを「欧米の操り人形」と断定せずにはいられないのですよ。

 操り人形に自分の意思はない。

 言い換えれば、主権はどのみち存在しないのです。

 よって攻め込んだところで、主権を侵害したことにはならない。

 現にドゥーギン、「ウクライナはすでに存在しません。もう終わっています」とまで言い切りました。

 

 けれども他国の主権、ないし国家としての存在の有無を、自分の都合に合わせて決めてよいのであれば、アメリカ大統領ジョー・バイデンがこう言っても文句はつけられないことになる。

 「地域覇権国だったロシアはすでに存在しない。もう終わっている。この戦争は権威主義的ナショナリズムとの聖なる戦争であり、ゆえにウクライナ勝利の一択だ。勝つまではロシアとの交渉はありえない」

 実際、220日にキーウを電撃訪問したバイデンは、その翌日、ポーランドのワルシャワでこう演説しました

 

 【(過去一年間)民主主義は弱くなるどころか、より強くなった。専制主義(=権威主義)こそが弱体化した。】

 【ロシアがウクライナで勝利することは決してない。われわれのウクライナへの支持が揺らぐことはなく、NATO=北大西洋条約機構が分断されることもない。】

 

 「権威主義に反対する立場を取る国は、欧米諸国に同調してウクライナを支持すべきだ!」

 今度はそう言いたくなってくるではありませんか。

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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