橋本環奈が「美女」を演じる健全さ。テレビとは「ルッキズム」を愉しむものだ【宝泉薫】
橋本環奈の新しい連ドラが始まった。TBS系火曜10時「王様に捧ぐ薬指」で「絶世の美女」だが性格に難あり(?)というヒロインを演じている。
彼女といえば「千年に一人の美少女」「天使すぎるアイドル」としてブレイク。福岡のローカルグループのメンバーから全国区の人気者になり、昨年は「NHK紅白歌合戦」の司会にまで登りつめた。
その武器はなんといっても美貌。本人もコンプレックスだという低めのガラガラ声や太りやすい体型には好みが分かれるだろうが、それを補って余りある華のある顔立ちでねじ伏せてしまう。マンガやアニメの実写化作品でも力業で納得させられるのは、その美貌が生む説得力によるところが大きい。「紅白」の司会起用についてはインスタなどでの若者層の支持が決め手になったようだが、それもあのルックスに憧れる人が多いからだ。
本人も自分の魅力をわかっているのだろう。今回のドラマでもじつに堂々と「絶世の美女」になりきっている。
また、今期の連ドラでは「だが、情熱はある」(日本テレビ系)も興味深い。若林正恭と山里亮太の青春を描くという芸能ドラマで、ふたりを演じるのは高橋海人と森本慎太郎。どちらもジャニーズアイドルだ。
モデルとなった人物と演じる人物の容姿に大きな差があるという、こうしたケースは珍しくない。
かつては橋田壽賀子を安田成美が演じたり、林真理子を原田知世、水木しげるを向井理なんてのもあった。最近ではクロちゃんを野村周平というのもある。ルックスに恵まれていなくても、頑張って売れれば、美男美女に演じてもらえるというのは一種のご褒美だろう。
そんなふたつのドラマからはテレビの本質も見えてくる。それはあくまで見た目が優先される世界、いわばルッキズム(外見重視主義)を愉しむメディアだということだ。視覚にアピールできることが売りなのだから当然でもある。
が、最近はそれをよしとしない人もいて、ケチをつけたりもしている。たとえば、今年1月8日に放送されたアニメ「ちびまる子ちゃん」(フジテレビ系)をめぐる一件だ。
成人式の晴れ着を身にまとった美女たちが写真館から出てきて、その後、対照的なブスが登場。まる子と友達のたまちゃんが皮肉を言い合った。
「げっ、すごいのが出てきたね」「うん、すごいね……」「まぁ、高そうな着物だけどね」「うん、立派な着物だね」「きっと『着物の写真』は綺麗に撮れているだろうね」「うん『着物の写真』はね」
という具合だ。後半には、たまちゃんの父親がそのブスの写真を撮らされるハメに。そこに居合わせたカメラ好きの少年から、
「今のも今ので、珍しいシャッターチャンスだったかもしれないから、おじさん、よかったね」
と、慰められたりもする。
この内容に対して、ネットでは「不愉快」「最悪」といった声が。その流れで「『ちびまる子ちゃん』最新回が“ルッキズム”と物議」(女性自身)というネットニュースにもなった。
が、その記事にはこんな声も紹介されている。