「眠気の解消」「集中力の持続」「課題の処理速度」を求める人たちの罠【大竹稽】
大竹稽「脱力の哲学」1
■「アタマより身体感覚が頼りになる」とはどういうこと?
集中は、わたしたちの「身体性」から捉え直さなくてはなりません。アタマだけで妄想して機械を理想としてはダメ。集中は、たんなる「置かれた状態」じゃない。常に「身体を伴う状態」なのです。
アタマより身体の感覚が頼りになります。スピードや量など、点数勝負の集中は、機械に任せられるようになります。これからは、もっと感覚に素直になりましょう。わたしたちにできる最善の一手は、そんな環境を探りだし、そんな環境に主体的に身を置くことです。
「どんな環境が良いか」ですって?
そんなの、わたしにはわかりません。あなたの身体に聞いてみましょう。雑音だって人それぞれ。気に入る色だって人それぞれ。文房具だって、馴染めるのは人それぞれ。仕事に向かう服装だって、ゆったり好きもいれば、ピチピチ好きもいます。世界は、そもそも、身体と共存しているのです。
最悪の環境は、わたしたちの感覚を支配しようとするものです。そんな環境は断固拒否。それを強いてくる会社なら、逃げてしまえばいいでしょう。そこは、自動操縦や洗脳を是とするところです。
誰にでもきっと、自然とリラックスして集中できる環境があるはずです。崖っぷちに立たされて薬に手を出す前に、環境を見直してみましょう。そして、快適な環境を探り出しましょう。答えは身体が持っています。そこに身を置けば、自然に集中のスイッチが入るのです。
まずは身体の声に耳を傾けてみましょう。
文:大竹稽