私にとってセックスはすごく簡単なことだった。なのに撮影中に心がポッキリ折れてしまった…【神野藍】第6回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第6回
【その日のセックスの全てが悲惨だった・・・】
その日のセックスの全てが悲惨だった。大したことないサイズなので、本来ならば問題なく挿入できるはずなのになかなか入らない。入ったとしてもただただ感じるのは、痛みだけであった。何とか鈍痛を乗り切ってカットがかかると、身体に纏わりつく不快感を一刻も早く拭い去りたくて、一目散にシャワーにかけこんだ。シャワーの温度を上げている最中、親しい人に一通だけメッセージを残した。「もうこんな現場、はやくかえりたい。もう、むりかも。」とだけ。
私にとってセックスはすごく簡単なことだった。元々そこまで貞操観念が強いわけでもなかったし、「セックスは心の底から好きな相手としないといけない」なんて考えたことがなかった。好きじゃない相手、もっと言うならばその日初めて会ったよく知らない人でも、仕事ならば無防備な身体を明け渡すことができた。それに加えて、自分を役に落とし込むのも得意な方で、役によりけりだが、どんな相手でも「好き」と思って接することができた。だからこそ、AV女優という職業に向いていた。しかし裏を返せば、それができなくなったら女優としての人生は終わりだと分かっていた。
ここ二ヶ月、自身の身体が発するサインによって、もう自分が女優に適していないことは薄々感じていたし、何よりもこのまま続けたところで、お金以外の対価を得られる未来は見えなくなっていた。そして徐々に「引退」を現実のものとして意識するようになっていった。AV女優を辞めることは簡単だ。契約上辞めることに対して何か制約がついているわけでもないので、私が「辞めたいです」と一言伝えさえすれば良い。しかし、その一言がなかなか言えなかった。その理由は現場に愛着があるとか、ファンが恋しいとかの可愛いものではない。
私が「渡辺まお」でなくなること、ただの「私」に戻ることがたまらなく怖く、受け入れることができなかったからだ。「渡辺まお」になることは「私」にとって大きな決断で、そしてこれまでの人生との決別を意味していた。それ以前までの人生とは違い、水を得た魚のように生きている気がしていたし、ここからが自分の人生の始まりであるとも思っていた。これまでに色々なものを捨てた。様々なことに苦しみ、あがき、乗り越えて、手に入れてきた。そうやって作り上げてきたものを易々と手放せるほど、大人ではなかった。でももうそれと同時に、「渡辺まお」に対して澄み切った前向きな思いもなく、今抱えているものが執着のみであること、それが何よりも愚かであること、それは誰よりも私が理解していた。
だからこそ、少しだけずるい選択をとることにした。