VUCA時代の転職調査で見えた生きづらさ 「自分の将来がわからないこと」に耐えられない人たち【大竹稽】
大竹稽「脱力の哲学」3 〜「VUCAの時代の集中力」〜
◼️「自分らしいキャリア」とは何か?
現代はVUCAの時代と言われるようになりました。「変わりやすい」「不確実」「複雑」「あいまい」の四つを意味する英語の頭文字をつなげたものがVUCAです。
それに対して、大半のコンサルタントたちが出す答えが、大きな企業に依存しない、自分らしいキャリアの構築です。
依存からの脱却は、素晴らしいと思いますが、相変わらず自縄自縛の答えが出されてしまいます。
再確認しますが、「自分らしいキャリア」には、そもそも哲学にとって最も「わからない」とされるテーマが二つも入っているのです。
にもかかわらず、若者たちは安易にコンサルタントたちの投げ出す、無責任な美辞麗句に流されます。この決断にあるのは、当然、芯から「わかった」という自覚ではなく、ただ「わかった」フリに過ぎません。
このような精神や考え方は、「転職」の動向に現れるだけではありません。しばしば、仕事の中でも、若者たちのこんな繰り言を嘆く先輩たちが多いと聞きます。
「なんでこんなことをしなければならないの?」
「こんなことしてどうなるの?」
「なにをすればいいの?」
わたしはこの三つを、「わかる依存症」の三大症状と呼んでいます。
理由がわからない。だから、「なんでこんなことをしなければならないの?」と言います。
目的がわからない。だから、「こんなことしてどうなるの?」と言います。
課題がわからない。だから、「なにをすればいいの?」と言います。
彼らには、「そんな理由とか目的は、いずれわかる!」とか「後からわかる!」が通用しないのです。「課題は自分で見つけろ!」と言われると途方に暮れてしまうのです。何かをする前に、「わかる」理由と目的と課題を予め用意してもらえないと、動けないのです。
こんな状況を打破するには、どうすればよいでしょう?
単純な思考回路では、「理由を明確に」「目的を明確に」「課題を明確に」しよう、となってしまいます。しかし、これは問題を表面的に解決しただけ。早晩、必ず、「わからない」ポイントが来訪します。こうして、早晩、「わからない」を忌避するようになってしまうでしょう。「わかる」時にだけ仕事をするような、超ワガママな人間になってしまうでしょう。
むしろ、わたしたちの日常は、「わからない」のほうが多いはず。些末なところでは、天気だって便意だって、「わからない」のです。だいたいこんなもんだろう、と予測はできますが、でも「わからない」方が多いのです。
そして、わたしたち誰にとっても切実なテーマである「未来」と「自分」。果たしてこれらが「わかる」のは、何歳の時でしょうか?