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ワグネル反乱と「現実の解体」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」49

  

◆存在しない組織を率いず英雄になる方法

 ロシアでは本来、民間軍事会社は違法。

 ワグネルにしても書類上は存在せず、ウクライナ戦争が始まるまでは、そういう会社があると公言すること自体が多分にタブーでした

 今や「ワグネルの顔」と化したプリゴジンですが、じつは20229月まで、一切の関係を認めようとしなかったのです。

 

 しかもロシアに存在する、もとへ存在しない民間軍事会社はワグネルだけではない。

 少なくとも10社前後、多ければ37社もあるとか。

 プリゴジンが目の敵にしたショイグ国防相まで、「パトリオット」という会社を持っている!

 アメリカ国務省によれば、パトリオットはウクライナで、ワグネルと正面から張り合っていたとの話。

 

 のみならず。

 反乱にあたり、「我々は汚職や欺瞞、官僚主義に対して戦っている愛国者だ」とぶちあげたプリゴジンですが、ワグネルにしたところで、経済的利益のためなら、ロシア政府の意向に反してでも軍事作戦を行ってきたと指摘されています。

 ワグネルの元戦闘員で、プリゴジンの補佐役も務めたとされるガビドゥリンという人物にいたっては、こんなコメントをしました。

 

 傭兵業のワグネルは、彼のビジネスの一部に過ぎない。プリゴジンは“ドンバスの王様”を目指している。金儲けのためにドンバスの製造業の実権を握りたいのだ。

 

 ウクライナ戦争は名誉欲に駆られた軍上層部が、暴利をむさぼりたい富裕層と結託して始めたという主張も、こうなると意味深長。

 後半の箇所は、自分のことを語っているのではないのか?

 国際NGO「組織犯罪・腐敗報道プロジェクト」など2022年、プリゴジンに「組織犯罪・腐敗促進大賞」を授けているのです。

 

 もっとも、人聞きの悪い話ばかり紹介するのは失礼というもの。

 プリゴジンは2022年、ウクライナ戦争でワグネルがあげた功績により「ロシア連邦英雄」勲章も受章しました。

 同国における最高の栄誉称号とのこと。

 ところがイギリス国防省によると、英雄称号が授けられたのは同年7月

 この年の9月まで、プリゴジンはワグネルとの関係を認めていません。

 存在しない組織を率いなかったことで英雄となったのですよ!

 

 ・・・お分かりでしょうか。

 ロシア社会の現実そのものが、すでに「何でもあり」なのです。

 そんな国で、「何でもあり」的にのし上がった人物が、「何でもあり」的な発想(プリゴジンの計画は土壇場で変更されました)で蜂起したあげく、「何でもあり」的に投げ出した。

 

 ワグネル反乱の真相は、上記のようなものと言わねばなりません。

 けれども、これは「真相」と呼べる代物でしょうか?

 真相とは「真実のすがた」(広辞苑)を意味しますが、「何でもあり」の世界にそんなものがあるはずはない。

 プリゴジンにたいしてベラルーシに来るよう勧めたはずのルカシェンコ大統領など、7月6日になってこう言い出す始末。

 

 プリゴジン氏は(注:ロシアの)サンクトペテルブルクにいる。モスクワに行ったかもしれないが、ベラルーシ国内にはいない

 

 ここまで来ると、展開に説得力がないどころの話ではありません。

 だったら、ルカシェンコの仲介なるものは何だったのか?

 プリゴジンは6月末、本当にベラルーシに行ったのか?

 

 はたせるかな、プーチンは6月29日、プリゴジンをクレムリンに招いて会談していたという話まで出てきました。

 ワグネルの司令官など35名も一緒だったとのこと。

 この反乱、本当に芝居だったのではと思えてくるものの、肝心のプリゴジンは未だ所在不明。

 「真相」が存在しないことこそ、今回の事態の真相なのです。

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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