ワグネル反乱と「現実の解体」【佐藤健志】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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ワグネル反乱と「現実の解体」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」49

  

◆真実など存在せず、すべてが許される

 この点を的確に指摘したのが、すでに紹介した『フォーブス』記事の筆者メリク・カイラン。

 どうぞ。

 

 【近年のロシアでは、政治的な事件について真相を突き止めるのは不可能に近い。これはプーチンが数十年にわたり、情報操作を戦術として用いてきたことの帰結である。ポメランツェフの有名な本のタイトルをもじれば、ロシアでは「すべてが起こりえて、真実など存在しない」のだ。】

 

 文中に出てきた「ポメランツェフの有名な本」とは、イギリスのテレビ・プロデューサー、ピーター・ポメランツェフが2014年に刊行した『NOTHING IS TRUE AND EVERYTHING IS POSSIBLE: THE SURREAL HEART OF THE NEW RUSSIA』 (真実など存在せず、すべてが起こりうる〜新たなロシアのシュールな核心)のこと。

 自身の経験をもとに、「退廃を超えて狂気に突き進んでゆく」(本の内容紹介より)ロシアのエリート層の姿を描き出したものですが、じつはこのタイトル自体、別の人物による有名な言葉のもじり。

 

 拙著『感染の令和』をお読みになった方は、ピンと来るのではないでしょうか。

 そうです。

 11世紀後半から12世紀前半の中東で、イスラム教の分派「ニザール派」(別名「暗殺教団」)を率いたハサン・サッバーフの「真実などというものはない。すべてのことが許される」。

 

 情報操作によって現実認識を歪曲・解体させ、「何でもあり」の状態をつくりあげれば(=真実などというものはない)、どんなこともしても構わなくなる(=すべてのことが許される)のです。

 都合の悪い現実は、存在しないことにしてしまえばいいし、どんな不祥事を抱え込んでも、開き直って責任逃れに終始すればいい。体裁を取りつくろったり、真実を突きつける者を黙らせたりするだけのカネや権力を持つ者にとっては、じつに便利な話でしょう。

 となれば独裁的な権威主義体制は、「真実など存在せず、すべてが許される」状態をめざすに決まっている。

 北朝鮮は端的な例ですが、ロシアも同じ道をたどったわけです。

 

 ただし世の中、いいことずくめはありません。

 現実認識の解体した社会は、「ルール無用のやった者勝ち」ですから、カネや権力を持っていようと安心してはいられない。

 自分のカネや権力が、いつ奪い取られるか分からないためです。

 

 となれば、「奪われる前に奪ってしまえ」となるのは自明の理。

 条件さえ整うか、追い詰められるかすれば、裏切りや反乱をしでかすのが当然になる。

 プリゴジンの行動が、上記の内容に沿ったものなのは明らかでしょう。

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『感染の令和』目次

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佐藤 健志

さとう けんじ

佐藤健志(さとう・けんじ)
 1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。
 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。
 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。
 主著に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)、『右の売国、左の亡国 2020s ファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。共著に『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』( VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』( PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年12月、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。
 2019年いらい、経営科学出版よりオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻に続き、現在は『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻が制作されている。

 

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