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ワグネル反乱と「現実の解体」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」49

 

◆世界に広がる「現実の解体」

 そもそもワグネルのような民間軍事会社を活用すること自体、現実を「何でもあり」にするための戦略。

 正規軍ではない以上、どこかの地域の紛争に送り込んだところで「いや、ロシアが介入しているわけではない」とシラを切ることができる。

 戦闘員が戦争犯罪に手を染めた場合も同様です。

 

 しかも民間軍事会社の戦闘員なら、死んだところで公式の戦死者にはカウントされない。

 介入のコストを小さく見せることができるのです。

 ロシアの元軍人で、ドンバス地方の親ロシア派勢力「ドネツク人民共和国」の大臣も務めたイーゴリ・ギルキンによれば、シリアで戦死したワグネル戦闘員の遺体は、証拠隠滅のためにすぐ火葬されたとのこと。

 いわく。

 

 【ロシアの警察は「死体がなければ殺人が起きたことにはならない」と構えるが、軍事作戦でそれを応用しているのさ。(中略)何て言えばいい? こんなシニシズムが横行しているのは前代未聞のことだよ】(拙訳)

 

 けれども「何でもあり」と化したロシアの現実は、ウクライナ戦争によって巨大な矛盾を突きつけられる。

 真実など存在しないのだから、すべてが思い通りになるはずなのに、いつになっても勝利を収められないのです。

 収拾がつかなくなるのは、ふたたび自明の理。

 ワグネルが「反乱」を起こしたのも、いよいよもって当然ではないでしょうか。

 

 しかるにお立ち会い。

 軍事介入に際して、民間軍事会社を活用しているのはアメリカも同じ。

 イラクやアフガニスタンはもとより、現在でも世界中の紛争地域で使っていますが、これらの死者も公式の戦死者には含まれません。

 ジョージ・W・ブッシュ政権で次席補佐官を務めたカール・ローヴなど、2002年、ニューヨーク・タイムズのジャーナリスト、ロン・サスキンドに威勢のいいタンカを切りました。

 

 【アメリカは今や帝国だ。われわれは行動することで、独自の現実をつくりあげる。で、あんたらジャーナリストがその現実を分析している間に──好きなだけ思慮深く分析するがいいさ──われわれは再び行動して、さらに新しい現実を幾つもつくりあげる。分析したけりゃ、それらも分析して構わないぜ。こうやって物事は片付く。われわれこそ歴史の主役なんだ。あんたらはみんな、後追いで分析するだけってわけだよ。】

 (サラ・ケンジオール『Hiding in Plain Sight: The Invention of Donald Trump and the Erosion of America』、フラティロン・ブックス社、米国、2020年、115ページ。拙訳)

 

 おっと、こちらも現実を「何でもあり」にすることをめざしていた!

 だがアメリカも、世界の一極支配に失敗したあげく、覇権が衰退するという矛盾を突きつけられる。

 現在の同国において、社会の分断が深刻な問題となり、内戦の危機まで叫ばれるにいたったのも、必然の帰結と言わねばなりません。

 現実認識の解体した社会は遅かれ早かれ、退廃から狂気へと突き進み、収拾がつかなくなるのです。

 

 現実の解体が起きているのは、決してロシアだけではない。

 否、インターネットやSNS、さらには生成型AIの発達に助けられて、世界中に広がっていると見なければなりません。

 さあ、日本は大丈夫か?

 この先は次回、お話ししましょう。

  

文:佐藤健志

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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