「いじめ」と「不登校」そして「新任教諭の早期退職」はどのように繋がっているのか【西岡正樹】
生徒や教師にとっての「学校の居場所」とは
■職員室の空気が一瞬にして凍り付く出来事が起きた
5月の連休が終わり、重い体を必死に動かしながら学校にやってくるのは、子どもだけではない。教師も同じだ。それでも子どもや教師が重い体を動かしながら学校にやってくるのは、自分の「居場所」が学校にあるからだ。「もうちょっと休みたいな」と思いながら登校してきたのに、教室に入って子どもたちと同じ空気を吸った途端いつもの自分になっていたことなど何度もある。
ところが、連休明けのある日、職員室の空気が一瞬にして凍り付く出来事が起きた。
2時間目が始まる頃だった。
「すいません、大崎先生(仮名)が教室に来ないんですけど、いますか?」
職員室にやってきた3年生が大きな声で叫んでいる。その時、私は職員室にいた。
「えっ、大崎先生は朝から教室に来ていないの?」
「はい、来ていません」
「分かった。それでは教室に戻って自習していてください。他の先生がすぐ行くから」
落ち着いて子どもに伝えたものの、私の気持ちの揺れは収まらない。「おかしいな、今日は登校指導の日だから早く来ているはずなんだけどな」という思いが、頭の中を支配していた。管理職に、今起きていることを伝えると、職員室が一気に騒々しくなった。
教頭先生が大崎先生の家に電話をすると、「学校に出かけました」というではないか。しかし、あちこちを確認したが、大崎先生が登校指導をしている姿を見た者は、職員室にも登校してきた子どもたちの中にもいなかった。空き時間だった私はバイクを走らせ学区内を巡り、海まで行ってみたのだが大崎先生の姿はなかった。大崎先生の姿は突然消えたのだ。