国際ロマンス詐欺、給付金の不正受給・・・中流の陥落【緒形圭子】「視点が変わる読書」第2回
「視点が変わる読書」連載第2回「中流の陥落」〜『滅茶苦茶』染井為人著
◾️マッチングアプリで、国際ロマンス詐欺の罠に
コロナ禍でリモートワークが多くなった美世子はそれまで社交で紛らわしてきた自身の孤独を自覚し、結婚相手を探そうと始めたマッチングアプリで、国際ロマンス詐欺の罠にはまる。
リモート授業が増えて登校することが少なくなった礼央はそれまで内に抱えていた学校や級友への不信が募り、不良に堕ちた小学校時代の級友と親交を深めた結果、殺人事件に巻き込まれる。
自分の営むラブホテルが性風俗事業にあたるとして、コロナ禍の事業者救済措置からはずされることを知った茂一は怒りのあまり、持続化給付金の不正受給に手を染める。
根が真面目である彼らは自分たちがはまった陥穽に自覚のないまま深くおちいっていき、気づいた時にはとんでもないところまで落ち込んでいた。
「ねえ、お金、返して。全部返して」
「おれは関係ない。おれは関係ない。おれは関係ない」
「一生懸命生きてるだけじゃねえか。働いて稼いで飯食って、ちっとも贅沢なんてしてねえぞ」
彼らの叫びは何処にも届かない。誰も助けてはくれない。
コロナで変わり行く社会の中、穴から抜け出そうと足掻く三人の姿を描きながら染井は、他人より少しでもいい思いをしたいと願う人間のエゴを暴き出した。
三人の落ちた穴は奥底で繋がっていた! 本来出会うはずもない三人が邂逅を果たすラストはタイトル通り「滅茶苦茶」だが、痛快でもある。
「コロナ禍になって以来、世の中が鬱々してるじゃない。人としゃべるな、おもてに出るなって。やっぱり無理が生じるんだと思う。わたしたちって結局、一人じゃ生きていけない生き物じゃない。それでも我慢、我慢でがんばってきたけれど、一向に出口が見えないから限界に達しちゃったのよ。そうなると、どこかに必ずしわ寄せが出るの。煮えたぎった鍋から灰汁が出るみたいにね」
美世子の言葉に礼央と茂一は頷く。
猛暑の衰えが全く見えない8月の終り、S氏と再会した。
幸い校正の仕事を紹介することができ、私以外の知人からも仕事を回してもらえ、S氏は新潟行と介護職への転職を免れたという。
神保町のビアレストランで6年ぶりに会ったS氏は以前よりやせてはいるものの、表情は晴れやかだった。
「まさか自分の身にこんなことが起るとは思ってもみなかったよ。お別れのつもりであちこち電話したら、状況が好転した。ありがとう。でもこの段階で危うさが発覚してよかった。もう少し歳をとっていたら、どうにもならなかっただろうね。校正は70代で現役の人もいるみたいだから、これからはしくじらずに勤めていくつもり」
滑らかに泡立つ黒生ビールを飲みながらS氏はそんなことを語った。
コロナが5類に移行されたからといってコロナ禍が終わったわけではない。私たちは以前よりも基盤が脆弱な社会に生きていて、頑張って生きていてもいつなんどき陥穽にはまるか分からない。用心しよう。
文:緒形圭子
<執筆者プロフィール>
緒形圭子 おがた けいこ
文筆家。
1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。
『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。
紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。
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◎中瀬ゆかり氏 (新潮社出版部部長)
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これほどの『知の怪物』に伴走できたことは編集者人生の誉れである。」