西洋音楽の総元締め・ベートーヴェン この偉大な作曲家がいなかったら音楽の歴史は全部変わっていた【齋藤真知亜】
オケマンはクラシック音楽を語りたい
「クラシック音楽のことはよく分からないなあ」という人でも、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第一楽章冒頭を聴いたことがない人はいないだろう。「もしベートーヴェンがいなかったら音楽の歴史は全部変わっていた」そういわれるほどのこの偉大な作曲家の「凄み」について綴っているのが齋藤真知亜氏。NHK交響楽団で第一ヴァイオリン奏者を務めたことがある人気の音楽家である。その著書『クラシック音楽を10倍楽しむ魔境のオーケストラ入門』には、ベートーヴェンが天才作曲家たるゆえんが、じつに簡潔にそして魅力的に語られている。
■ベートーヴェンはクラシックの最高峰
オケマンが弾きたい曲の筆頭は、なんといってもベートーヴェンです。何回弾いても弾き足りず、むしろ弾くほどに気分が高揚する。「興奮」を越えて、感情が爆発してしまうのがベートーヴェンです。先日も久しぶりに交響曲第5番「運命」を弾きました。そのときも「なんて素晴らしい曲なんだろう」と感慨を味わいながら弾いていました。もう五、六十回弾いていると思いますが、毎回新鮮な気持ちにさせられます。
ベートーヴェンは1番から9番までの交響曲を遺しましたが、その9曲すべてに個性があります。マーラーも交響曲を9曲作っていますが(10曲目は未完成)、曲と曲との違いはベートーヴェンほど感じられません。ブルックナーが作った9曲の交響曲も同様に、どれも似たり寄ったりです。
しかし、ベートーヴェンの9曲はすべて違います。それだけ1曲ごとの完成度が高く、それぞれが個性を放っているということです。ビートルズのような、といったら軽く聴こえるかもしれませんが、それくらい1曲1曲が魅力的で個性的なのです。
よく知られているように、ベートーヴェンは難病で聴力を失いました。いくら突出した才能の持ち主とはいえ、耳が聞こえない人があれだけの曲を書くのは並大抵のことではありません。おそらく想像を絶する努力がそこにあったはずです。しかも、信じられないほど豊かな想像力があり、創造性においても突出していなければ、成し得ない偉業だと思います。
その根拠のひとつがピアノです。ベートーヴェンが活躍していた18世紀末から19世紀の頭にかけて使われていたピアノは、現在のような88鍵盤ではなく、もっと鍵盤数が少ないものでした。それにもかかわらず、彼は88鍵盤のピアノで弾く曲を作っていました。つまり鍵盤の上にない音を楽譜に書き記していたのです。当時は存在しなかった音が、ベートーヴェンの脳裏には浮かんでいたことになります。
ピアノだけではありません。管楽器のパートでも、そこにない音を楽譜に書いています。当時の管楽器は、現代のものと比べると完成度が低かったのでその音を出すことができませんでした。譜面通りに演奏できるようになったのは、没後数十年もたってからです。ベートーヴェンが並みいる作曲家の中でも群を抜いているといわれるのは、こんな常識破りの創造力があったからです。
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齋藤真知亜&齋藤律子のデュオ〝ニコイチヴァイオリン〟
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「主よ、人の望みの喜びよ ニコイチヴァイオリン」
Jesus bleibet meine Freude nicoichiviolin
純正律の響きを重視して音作りを行うデュオ“ニコイチヴァイオリン”のデビュー・アルバム。弦楽器ならではの純正調による音の共和の美しさは勿論のこと、オリジナルが独奏の2つのシャコンヌは福旋律を交え、奥行きを増した響きの移ろいが興味深い。