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インプットは割りが悪い【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第1回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第1回

 

【インプットは贅沢な買い物】

 

 同じような楽しみに見えても、実は大きな違いがある。自分で趣味的になにかを作り出す楽しみは、時間がかかるけれど、むしろ長時間そこから得られる楽しみが、量的にも質的にも多い。これに比べて、他者から与えられた楽しみを買うと、一時で簡単に楽しむことができるものの、短時間で終了し、その後はなにもない。楽しかったこともすぐに忘れてしまう。写真や動画を撮って、他者に見せびらかすことくらいしか余韻は得られない。

 たとえば、創作を自分で行うアウトプットと、創作を買って楽しむインプットを比べてみよう。創作するには時間がかかる、資金はそれほどいらない。創作物を購入することは金がかかるうえ、長くは楽しめず、すぐに飽きてしまう。

 旅行などでも、自分で計画した旅ならば、創作的な楽しみが味わえるが、用意されたパックでは、短い時間で終了し僅かな印象が残るだけだ。その差は何十倍も違うだろう。

 つまり、インプットは金を失うということ。何故なら、人々にインプットをさせるために、あらゆる商売があれこれ手を尽くして商品を世に送り出しているからだ。そういうものが宣伝され、いかにもそこに人生の楽しみがあるように見せつける。大企業が成立しているのは、大勢にちょっとした楽しみを与えることで莫大な利益を上げているからだ。

 税金が高いと文句をいっている人々が、みんなスマホを手にして、ゲームやイベントで時間と金を消費している。それが悪いとはいわない。ただ、皆さん、贅沢が好きなんだな、と感心するばかりである。大企業を育てるゲームに参加しているのだから。

 そこから学べることがある。自分の楽しみを持って、自分で生産すること。つまり、アウトプットする。一生なにか作り続ける生活。それが、本当の楽しさを生み出すし、また金もかからない。ゆったりとして、のんびりと生きていける。そして、実は、この金をかけない生き方こそが、本当の贅沢なのである。

 そういうことに気づいたのは、40歳になった頃だった。若いときには、仕事に夢中になっていたし、仕事の中に無理やり楽しみを見つけていたかもしれない。あるとき、ふと気づいた。それは、長い無意味な会議が終わって、夕焼けを見ながら自分の仕事部屋へ戻るため、まだ熱の残っているアスファルトを歩いたときだった。

 いつもなら、嫌いな会議が終わって、これから自分の仕事に集中できる時間だ、と嬉しくなるところだったのに、そのときは、なんだかもうこのまま帰りたくなった。僕の仕事というのは研究だったから、ノルマというものはない。やりたいだけいくらでもできるし、やりたくなければいつでもやめられるものだった。このとき初めて、やりたくないな、と感じたのである。

 

庭園の風景。白い紫陽花の木と、庭園鉄道の駅舎兼信号所。秋が近く、葉は散り始めているが、まだぎりぎり緑の森。

 

文:森博嗣

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<告知>

✳︎森博嗣先生の連載エッセィ「静かに生きて考える」は、第36回が最終回となります。読者の皆様には大変ご好評いただきまして誠にありがとうございました。本連載は、2024年1月に書籍化され発売予定でございます。未発表原稿(第37〜40回)を書籍に収録いたします。どうぞお楽しみに!「静かに生きて考える」連載バックナンバ1031日までご覧になれます)

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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