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人生はプログラミング【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第2回

森博嗣 連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第2回

 

【調子が良いのは今だけだ、と考える】

 

 なにか幸運が巡ってきたときに、これからも同じような事態が続く、と楽観する人が非常に多い。自分はラッキィな人間なのだ、と思い込むようだ。逆に、不幸な目に遭うと、これからもずっと悪いことしか起きない、と悲観する人もいる。どちらも、まったく根拠がない。そういう想像をすること自体が無意味だ。幸運も不運も、結果論でしかなく、未来の予測に影響する要因ではない。

 僕は30代後半に、小説家になった。たまたま出版してもらえることになって、多額の印税が振り込まれた。しかし、僕は生活を変えようとはまったく考えなかった。こんな幸運が続くはずがない。それまでの給料の10倍以上の印税をもらえるようになっても、どうせ一時的なことだろう、と考えていた。

 逆に、ちょっと儲けただけで、生活態度を変え、このさきはもっと大きな事業に発展していくと夢を見る人が多い。そういう話を何度か聞いたことがある。たいていは、その後、商売が立ち行かなくなって、借金をかかえる結果になる。

 つまり、一度の幸運で、将来に対する予測を変えることが間違っている。幸運が一度あっても、これから起こりうる確率に影響はない、と考えるのが順当だ。

 僕は、小説でデビューしたあとも、小説家という職業に対して懐疑的だったから、ずっと以前の勤務を続けていた。10年ほどそれが続いたが、結局、小説の仕事はどんどん増えていき、収入も増え続けた。もう一生働かなくても良い貯金ができたので、ようやく、仕事から身を引くことにし、勤めていた大学を辞めた。そして、同時に小説家としても引退することを決めた。

 一方で、大して当たらなかった処女作が、その後どんどん売れるようになり、20年近く経った頃に、TVの連続ドラマになり、アニメにもなった。最初よりも売れるようになったのだ。これなどは、「この程度なのか」という当初の観測が間違っていたことを示している。最初は駄目でも、時間が経ってから認められるものもある、ということだ。

 したがって、現在の状況から未来を予測することは、本当に難しい。ただ、希望的に予測しないこと。控えめな観測をしていれば、見誤っても、安全側。つまり、フェールセーフとなる。

 もちろん、人生には驚きも必要。すべてが想定内ではつまらない、とのご意見もあるだろう。しかし、できる限り広く深く想定しておいた上での驚きこそ、極上の楽しさでもある。しかも、悲観方向へ予測しているから、訪れる想定外は、嬉しいサプライズになる、という具合。このようなプログラミングをして、人生をエンジョイしましょう。

 

朝は庭園鉄道の線路の点検をしながら散策。駅長と呼ばれている犬がついてくる。地面は苔で覆われていて、今は団栗が沢山落ちている。

 

文:森博嗣

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✳︎森博嗣先生の連載エッセィ「静かに生きて考える」は、第36回が最終回となります。読者の皆様には大変ご好評いただきまして誠にありがとうございました。本連載は、2024年1月に書籍化され発売予定でございます。未発表原稿(第37〜40回)を書籍に収録いたします。どうぞお楽しみに!「静かに生きて考える」連載バックナンバ1031日までご覧になれます)

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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