AV業界で嫌な目にあった「被害者」としての立場を私に期待してくる人たち【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第21回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」赤裸々に綴る連載エッセイ第21回。
【私は可哀そうな存在なのか?】
「可哀そうだね、なんかまだ全部聞いたわけではないけれど。うん、なんかそう思う。」
ああ、しまった。発された言葉をきちんとした処理をする前に、反射的にその感情が脳内にふってきた。この「しまった」には、知り合ったばかりの人にうっかり自分の過去の経歴をもらしてしまったことや、思いのほか動揺してすぐに返答することができなかったことなど色々なことが含まれていた。はっきりとは覚えていないが、どうにか話を深堀りされないようにと話をどうにか変えて、その場を諫(いさ)めた。
「かわいそう」―みじめな状態にある人に対して、同情せずにいられない気持であること。ふびんなさま。
何年も前に獲得した言葉をあらためて調べ直す。もちろん言葉の意味は知っていたし、きっとこんなことをしても私の知っていること以上の何かは得られないのは理解していた。しかしながら、どこか腑に落ちなくて、行き場のない感情をどうにか処理しようと検索欄に五文字の言葉を入力したのだ。案の定、私の持つ知識以上のことは見つからない。「かわいそう」という言葉が何度も繰り返される。ネット上でそのようなコメントが送られてくることはあるが、面と向かって発言されたのは久々であった。
その人の発した「かわいそう」は何に対してなのだろうか。AV女優にならざるを得なかったことに対して、AV女優という職業を選んでしまうような人生を送ったことに対して、もしかしたら、今もこうやって過去に囚われて事あるごとに身動きがとりにくくなっていることに対してだろうか。私がその人に与えた情報は数少ないものであったから、「かわいそう」という言葉はそこまで意味をもっていないだろうが、どうしてもその夜は頭の中にこびりついて、なかなか眠りへと落ちることはできなかった。
全てを知らない誰かに私の人生を知ったように語られたり、勝手に何らかの結論を出されて分かりやすいラベルを張り付けられたりするのは初めてではない。むしろよくあることではあるが、私はそんなことをされるのをどうしても受け入れられなかった。「こんなに長く私と付き合っている私でも分かっていないのに」とつくづく思うのであった。