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目眩と絵文字からの発想【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第3回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第3回

 

【言葉に縋る人たち】

 

 小説を読む人たちの大半は、言葉の虜となっている。ほとんどの人が言葉でものを考え、言葉で物事を識別する。だから、新しいものや、得体の知れないものにも、早くレッテルを貼りたがる。固有名詞を記憶し、それを忘れないことが試験で問われる社会が長く続いていて、そういうものが知恵であり、知識であると、きっと思い込んでいるだろう。

 でも、そうでない知恵も知識もある。飛行機が空を飛べるのは、「飛行機だから」ではない。「翼があるから」というのも理由にはならない。翼とは何かをまず説明してほしい。できますか? 翼のないものでも、風船やロケットが空を飛ぶ。

 物事を言葉で処理していると、言葉を思い出せないことで窮地に陥る。認知症がそれかもしれない。言葉が出てこないと、もう駄目だという恐怖に襲われるのだろう。僕なんか、若いときから言葉が全然出てこない、固有名詞は覚えられない、でも、絵は描けた。名前は出てこなくても、一度見た顔は忘れない。ずっと遠くを歩いている人が誰だかわかる。どうしてかって、歩き方が人それぞれで、顔のように判別できるからだ。

 言葉を沢山知っている人が優れている、と日本人は思い込んでいて、そういう人を就職でも採用したがる。だから、あっという間にIT後進国になってしまった。人が書いた文字で戸籍を作り上げ、それで満足していた。デジタル化の最初の一歩である個人ナンバをつけることにさえ抵抗した。印鑑が大事な契約に必要だなんて、どの国でも笑われる。

 ネット時代の前半では、言葉が主力だった。言葉はデジタルだから容量的に有利だ。ブログが流行り、呟きも一般に広がった。でも、結局言葉の窮屈さに耐えられないから、写真や動画に代わられつつある。それでもまだ、日本の役所で申請するときは、四角の中に文字を記入しなければならない。その文字を手で書かなければならない。

 幸にして、僕は文字を手で書くことがほぼない。数字と絵は書くけれど、文章は書かない。契約書に名前を書かないといけないことだけが残念だ。「いかがですか?」「承諾します」と口約束した方が、セキュリティ的にも上位だし、簡単だし、それをバックアップする技術もあるというのに。

 今年の日本の夏は暑かったそうだ。熱中症で倒れた人が続出した。「水分補給を」との注意が繰り返されている。暑い場所を避けることが第一のはずなのに、「水分補給」という言葉を信仰し、念仏を唱えているように見える。

 

庭園内の紫陽花とベンチ。紫陽花は秋に花をつけ、最初は白。やがて緑に変色。その後ドライフラワとなって、翌年の春までそのまま。

 

文:森博嗣

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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