「意味ある人生」を求めすぎてしまう罠 好奇心を暴走させたナンセンスのすすめ【大竹稽】
大竹稽「脱力の哲学」5 〜意味のある人生って何?〜
■「退屈」と「怒り」は、わたしたち現代人を象徴する心理
話を本筋に戻しましょう。
『不思議の国のアリス』に認められる「ナンセンス」ですが、その象徴としてあげられるシーンがあります。
白ウサギを追いかけて不思議の国に飛び込んだアリスですが、まず目にするのは「DRINK ME(わたしを飲んで)」と書かれた小さなビン。そして、干しぶどうで「EAT ME(わたしを食べて)」と書いてある小さなケーキでした。このケーキを平らげてしまったアリスがどうなったかは、ご存知でしょう。
そうです。身体が伸び始めてしまったのです。ここでアリスは叫びます!
「Curiouser and curiouser!」
英語を習得した人は誰でも知っていると思いますが、「curiouser」は誤りですね。三音節語の 「curious」 の比較級は、当然、「more curious」 でなければなりません。実際に、この叫び声に続けてルイス・キャロルは、「She was so much surprised, that for the moment she quite forgot how to speak good English.(あまりにも驚いたので、『正しい』英語を忘れてしまったのでした)」とアリスの心理の説明をしています。
さて、この「curious」が、日本語での「好奇心」に関わってきます。「好奇心」という名詞は「curiosity」になるのですが、形容詞の「curious」には二つの意味があります。「好奇心が強い」と「珍しい」「奇妙だ」の二種類です。
「curious」は元来、「配慮がある」「念入りである」「知りたがる」のように、主語に関わる、主観的な状態や性質を意味する単語でした。この用法がさらに展開して、ある時期から「curious」が対象の性質も表すようになりました。つまり「curious」には、主体と対象の両方に関わる用例が可能なのです。しかし、「奇妙な」を意味する類語としては、他にも「strange」や 「weird」がありますが、こちらには「curious」に認められる双方向性はありません。
「Curiouser and curiouser!」に戻りましょう。この場面でアリスは、自分が見ている世界が「どんどんおかしなことになっていく!」ことに驚いているのですが、同時にまた、アリス自身も「おかしくなっていく」ことを楽しんでいるのです。
この「curious」という単語は、「What a curious feeling!」のように、何度もこの物語に登場します。つまり、不思議の国を冒険するアリスを駆動される原動力が「好奇心」なのです。
さて、不思議の国に飛び込む前のアリスはどうだったかというと、「退屈で死にそう」でした。そんなアリスの目の前に現れたのが白ウサギでしたね。アリスは彼に引っ張られて、「退屈」から脱出しました。
では、アリスが飛びこんだ不思議の国の住人はどんな状態だったかというと、彼らは「怒り」に支配されていたのです。この代表格がハートの女王でしょう。クロッケーでも裁判でも、「首を切れ!」と言いまくります。このような怒りによって、「不思議の国」は侵されていたのでした。
再び、「退屈」と「怒り」に注目してみましょう。この二つがわたしたち現代人を象徴する心理になっていることに気づかれている人も多いのではないでしょうか。