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水を差しにくい社会【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第4回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第4回

 

【水を差す人がいない社会】

 

 地方のお祭りで起こる事故や動物虐待が、最近になってようやく少しだけ問題視されるようになった。僕は20年以上まえから書いているので、今さらなにかつけ加えることもないけれど、マスコミは、これまでずっとタブーにしてきた。つまり、地方、伝統、庶民の味方であり続けたいから、見過ごしてきた。ところが、ネットで一般市民が声を上げるようになり、しかたなく少しは対応する姿勢を見せなければ、と方向転換したのだろうか。このあたり、某事務所の問題を見過ごしたのと、同じメカニズムに見えるが、いかがだろうか?

 人が死ぬような事故が毎年のように起こる。是非、祭りに参加していた人たちにインタビューし、「お酒を飲んでいましたか?」くらいの質問はしてもらいたい。その程度のことも、報じられないのは、やはり不自然だろう。

 90年代中頃、僕がデビューした頃には、マスコミはまだ勢いがあったから、僕が「このままではジリ貧になりますよ」と警告しても、「日本人は新聞やTVが大好きだから、ついてきますよ」と笑っていた。それから、新聞を読む人は半減し(購読者数でわかる)、TVを見ない人も増えた(視聴率だけでも明らか)。当時、既にインターネットはあった。数十年後に、ネットがTVや新聞を凌駕することを、まさか予見できなかったのか?

 時間を遡って責任が追及されるようにもなった。水に流さない社会になりつつある。早めに手を打った方が賢明だろう。

 だいたい、タブーというのは、自分で作るものだ。自粛が大好きな日本人は、「これは駄目だ」といわれなくても、自分で駄目なものを決める。だから、なかなか自分ではタブーを壊せない。遠くの人から指摘されて、初めて重い腰を上げる。

 神輿を担いで、わっしょいわっしょいと汗を流している当事者は気づけない。大事なのは、それを見ている人たちが、「水を差す」ことである。一緒になって拍手をしている人が多いようだけれど、中には水を差すことができる人が必ずいるはず。そういう少数の人の声を、見逃さないことが、のちのち効いてくるだろう。

 最近の社会全般にいえることだが、とにかくみんなが「美談」で頷き合って、頑張れ、と励まし合っている。人情が通り、正論には耳を傾けない。本当のところはこうなのではないか、と意見がいいにくい。水を差す人がいない。水を差すと、周囲から睨まれてしまうから、黙るしかない。今の日本は、そんな社会になっているように観察される。

 それも悪くはないだろう。ただ、大きな問題が、美談で包み隠されたままタブーになる。そして、何十年も経ってから明るみに出て、どうしてみんな黙っていたんだ、と反省するしかない。正論が通らない社会って、平和だけれど、一部の人たちが泣き寝入りする環境といえる。正論の味方がいない。マスコミが、その任務を放棄しているからだ。

 ネットには、大勢を頷かせる美談の正義しかない。大勢が見て見ぬふりをして、タブーには踏み込まない。そんなネットに、僕は嫌気がさして、こんな引き籠もりになってしまったみたいだ。書くべきことは書いたから、落葉掃除でもしますか……。

 

ときどきアップしている書斎の書棚。自著を並べているのだが、その前に模型を置いてしまうから、取り出せなくなっている。取り出すことなんてないし。

 

文:森博嗣

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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