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相模原障害者施設殺傷事件から着想を得た小説『月』(辺見庸著) その凄みと奇跡【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第5回 超感覚界からの使者

 

◾️映画『月』に登場する「小説にはない人物」

 

 きーちゃんの想念として描かれた小説『月』を一体どのように映画化したのか興味があったが、石井裕也監督は実にうまい構成を考えていた。

 映画には小説にはない人物が登場する。宮沢りえが演じる、堂島洋子という作家である。洋子はかつて人気作家だったが、小説が書けなくなり、生活のため重度障害者施設「三日月園」で働くことになる。働き始めた初日、陽子はベッドから起き上がることも話すこともできない障害者きーちゃんが自分と同じ生年月日であることを知る。

 映画では洋子がきーちゃんの分身となり、きーちゃんの想念を代弁しながら物語を動かし、さとくんと対峙するが、その心は現実を前に揺らぎ続ける。

 磯村勇斗演じるさとくんは、小説に描かれている通りごく普通の青年である。宗教にはまっているわけでもなく、何か特別な思想にとらわれているわけでもない。ただ毎日毎日、重度障害者の世話をしているうちに、「ひととは何か」を考えるようになり、「意志疎通のできない障害者は心がないに等しく、ひとではない」という結論に至り、障害者殺害を決意する。

 映画の終盤、刻一刻と、さとくんが障害者を殺害する時が近づくにつれ、映画館の中の空気が緊張していくのを感じた。しかしそれは、見たくないという拒否からくる緊張ではないように思えた。恐らく私を含め、そこにいた観客たち全員がその場面を見たいと思っていたのではないだろうか。実際、殺害シーンの間に退場する人は一人もいなかった(立てなかったのかもしれないが)

 殺害シーンは恐ろしく静かだった。映し出されるのは殺害者であるさとくんのみ。さとくんが鎌を振り下ろし、血しぶきがあがる、さとくんが包丁を突き刺し、血しぶきがあがる。殺害される者たちの姿は見えないし、声も聞こえない。

 見ていて、こんなに簡単に、刃物で人を殺せるのだろうかという疑問が湧いた。

 しかし、現実の事件を振り返ってみると、午前2時頃施設に侵入し、250分には犯行を終えてツイッターに投稿している。約50分間で死亡者、負傷者を含め、43人の障害者を刺したことになる。恐らく抵抗する者がいなかったのだろう。

次のページ事件の渦中に身を投じる作家の覚悟と使命

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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