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英EU離脱に過剰反応するべからず

英国の“EU脱退”を検証する(著述家・古谷経衡)

いまだに、われわれ日本人にとって掴みどころのない、イギリスのEU離脱。「ブレグジット」という言葉も新聞などによく登場する。われわれはどれぐらいの距離感で、この問題をとらえればいいのか。著述家の古谷経衡氏の答は、あえて「欧州情勢は静観せよ」だ。いまから2年前、EU離脱が決まった直後のBEST T!MESコラムから抜粋する。

・常識の通じない国際情勢

 驚天動地とはこのことである。英EU離脱が決まった。どうせ否決だろうと高をくくって夕方まで寝ていたら、日経平均が1,200円も暴落していた。

 英EU離脱が決定した24日夜、TBSラジオに出演した早稲田大学の谷藤悦史氏(現代イギリス政治)は第一声で謝辞を発した。前日、残留の観測をもとにしたコメントを発したからである。しかし谷藤氏を責めるわけでも、谷藤氏が悪いわけでもない。

 世界中の専門家や知識人は、英EU残留を強く観測していた。2014年のスコットランド独立を問う住民投票、1995年のケベックのカナダからの独立を問う住民投票は大騒ぎになったが、結局否決された。過去の経験則からいっても残留観測が妥当であった。

 選挙民は投票箱の前では常識的な判断をする、というこれまでの常識が通用しなくなった。そういえば、米共和党予備選挙でもヒラリーとの「王朝対決」ともてはやされたジェブ・ブッシュ(ブッシュJrの弟)は早晩に撤退。共和党主流派を背負って本命と見られたマルコ・ルビオは地元フロリダですらも勝利できずに撤退した。2015年に、共和党の大統領候補がトランプになると予想した専門家など皆無に等しかった。
 専門家の予想がことごとく外れ、「あっ」という結果が選挙で下される。世界的に興味深い潮流が続いている。

 英国の国民投票の前日、NHKでは投票をめぐる一連の流れの解説とともに、映画『ブレイブハート』の映像が使われていた。同作は13世紀にイングランド王と対決したスコットランドの英雄「ウィリアム・ウォレス」を描いた一大スペクタクルで、監督も主演もメル・ギブソンが演じている。

 貧弱な武装で泥やすすで迷彩を施した、キューバ南部の山岳地帯でひそかに民兵団を作ったゲバラ反乱軍のような、ウォレス率いるスコットランド遊撃軍は、イングランドの精鋭正規軍を続々打ち負かしていく。

 なるほど金のかかった映画だが、やはりエンタテイメント映画であることには変わりない。とにかく面白い映画で、ここにリアルを重ねる観客はそこまで多くはない。

 映像の中で『ブレイブハート』が使われるということは、ある種の余裕の観測姿勢の裏返しであったが、現実は映画に接近しつつある。

 スコットランドはEU残留派が多数を占め、すでに2014年の分離独立で否決された住民投票を再度実施しようという声が高まっているという。毎日新聞報によると、メージャー元英国首相は選挙前「(国民投票可決なら)連合王国の崩壊」を危惧したという。にわかに欧州情勢はきな臭くなってきた。

 

・過剰反応を警戒せよ

 しかし、である。欧州EU圏内はともかく、日本の反応はちと過剰反応にすぎるのではないか、とも思う。

 そもそも今回の英EU離脱は、最終的な離脱交渉にその期間2年の猶予がある。英国がどのようにEUから抜け出すのか、その方式はこれから決まっていくのである。

 英国がEUから抜けたところで、英国が破滅するわけでも、EUが灰燼に帰するわけでもない。

 元来EUの理念は、「欧州で二度と戦争を起こさせないこと」であった。すなわち、20世紀に起こった二つの世界大戦(共にドイツが要因)を教訓として、さらには中世からの戦乱の欧州の歴史を鑑みて、二度と再び欧州を戦火で焼かないよう、経済的結びつきの相互強化から始められ、やがて法や理念の統一を目指していったのがEUである。

 そのEUでは、対独戦に直接勝利した英国と、核保有国のフランスの二強が核となったが、現在の状況を俯瞰すればわかるように、すでにだいぶ前からEUの盟主はかつての敗戦国、ドイツになりつつある。

 ポール・ケネディが『大国の興亡』で鋭利に指摘するように、英国の相対的な地位の低下は第一次大戦よりも前の、19世紀末からすでに始まっていたのである。
 であるから、いまさら英国が欧州の中でどのような地位にあり、またその地位がいかに失陥しようと、驚くべきことではない。英国はすでにアジアにまったく根拠地を持っていないし、よってかつて太平洋を威圧した東洋艦隊も存在しない。
 日本にとっては英国よりもはるかに、対米、対中関係の方が重要である。あるいは資源の輸出入や国防状況を考えると、対豪関係も重要である。むろん、対華(台)、対韓、対越関係等も然りである。
 英国の動向は、はっきり言って日本にとっては軽微であり、過剰反応するべきではない。

 

 日本にとっての英国は、かくも小さき存在になり下がった。日本の貿易輸出入金額(ドル換算)で、英国は貿易相手国トップ10にも入らず、輸出総額で14位(シェア1.4%)、輸入総額で23位(シェア1.0%)にすぎない(財務省「貿易統計」、2015年度)。同じ欧州でも、ドイツ、オランダの方が日本にとっては経済関係が深い。英国がEU離脱でどうなろうと、日本経済に与える直接的影響は、おおよそ知れている。

 日本は複雑怪奇なる欧州情勢を静観し、それよりも消費税増税凍結や、国内の構造改革問題にまず眼目を置くべきであって、英EU離脱を針小棒大にするべきではない。

 

・英国の「右傾化」「排外主義」と日本は無関係

 他方、今回の英EU離脱という国民投票について、比較的低所得・低学歴の有権者が離脱を選択したと伝えられていることについて、日本国内のいわゆる「右傾化」や「排外主義」と関連させる傾向があるが、こちらも全く分析として正しくない。

 英EU離脱が、「移民によって職を奪われた」と実感するある種のブルーカラーたちによって支持されたのは事実かもしれない。それが欧州の中で20世紀末から顕著になった排外主義、右傾化傾向を膨張させている。シリア難民の問題と相次ぐテロはさらにその勢いを加速させている。

 しかし日本の「右傾化」の中心、つまり「ネット右翼」とか「ネット保守」などと呼ばれる人々は、欧州の右傾化とは全く完全にリンクしていない。日本の「右傾化」は、移民に対する排斥や憎悪ではなく、アンチ既成の大手マスメディア、特にテレビと新聞(NHK、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、朝日新聞、毎日新聞など)に対する激烈な憎悪であり、むしろ貧困や低学歴とは無縁な、都市部の中産階級を主体とする現象である。欧州の「右傾化」「排外主義」、英国のEU離脱と、日本の「右傾化」は全く別次元の問題である。

 そもそも日本には欧州のような移民問題はほぼ存在せず、大量の難民が流入している状況にはない。小・中学校に「日本語の話せない子弟」が顕著に増大し、異民族間の深刻な対立が起こっている状況ではない。日本に存在する中国人、南米人、比人などの定住、永住外国人は日本社会に同化しようと努力し、日本語の取得に熱心である。

 日本社会である程度の職に就くためには、日本語を話せなければほぼ絶望である。欧州のように、移民や難民同士のネットワークが強固に構築され、「内国コロニー」が出現する状況ではない。よって英EU離脱についての有権者の態度は、日本国内の情勢の参考にはならないし、相関性もない。

 日本は英国のような、旧植民地出身の移民や難民が引き起こす苦悩(あるいはその逆のメリット)をほぼ経験していないし、今後もそのような展望は、移民受け入れに対する激烈な保守層の反発を考えると、あまりないといえる。

 

・欧州情勢は静観せよ

 英EU離脱は、日本にとっては軽微な問題であり、殊更パニックになる必要はない。英国は2年をかけてEUから離脱する手続きを踏むが、UKの音楽や馬鹿みたいな皮肉のきいた映画は今後も、何ら問題なく多産されるであろうから、安心である。
 いやむしろ、英国文化は陰鬱と停滞の時にこそ光り輝くのであって、だとすれば今後の展開はますます注目である。ガイ・リッチー、ダニー・ボイル、サム・メンデス、エドガー・ライトなど英国出身の映画監督は、いまや世界的に耳目を集める存在となって、ひときわ輝いている。

 わが国・日本と日本人は、過去も、現在も、未来も、亜細亜に生きる悠久の亜細亜人である。英EU離脱は確かにエポックなニュースではあるが、もはや過去の帝国となって久しい英国の動向よりも、亜細亜・太平洋にその耳目を向けるべきである。

 英国動向は注視が肝要とて、パニックになり過剰反応になる必要はない。欧州情勢は静観するのが吉であろう。

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古谷 経衡

ふるや つねひら

評論家、著述家。1982年北海道札幌市生まれ。立命館大学文学部史学科卒。インターネットと「保守」、メディア問題、アニメ評論など多岐にわたって評論、執筆活動を行っている。主な著作に、『知られざる台湾の「反韓」』(PHP研究所)、『もう、無韓心でいい』(ワック)、『反日メディアの正体』『欲望のすすめ』(小社)など。

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