帝京高校野球部の練習はとにかく怖かった。お笑い芸人・杉浦双亮の挑戦記〈19〉
20数年前の名門野球部と、現代の野球。それはすべてが進化していた。
「ハーフガス」? なんだそれ。
練習内容も、昔とはまったく違うものばかりだ。
ハーフガス、シャトルランニング、プロアジ(プロアジリティ)……。はじめて、愛媛マンダリンパイレーツの練習メニューを見たとき、「あれ、俺いまから野球の練習をするんだよな」と思ったくらい、聞いたことのない言葉が並んでいた。
いまでは多くの人が知っている「体幹トレーニング」すらなかった僕らの高校時代といまでは、ずいぶん野球そのものが変わったのだなあ、と思った。
よく、昔よりピッチャーの球速が上がっている、と聞くけど、それも当然だなあと、こうした練習メニューの豊富さを知ることで納得をした。
入団当初は、体力や技術云々の前に、そうした言葉の違いに戸惑っていたけれど、ひとつひとつ説明してもらい、教えてもらうことでだいぶ僕も慣れてきた。
思えば、入団当初、僕の体力トレーニングメニューはほかの選手よりだいぶ少なかった。これは、膝の怪我があったことや、体力的なことを考えて、コーチが負担が過度にかからないように配慮してくれたからだったのだけれど、そのメニューをこなすことすらしんどかった。翌日は体がパンパンに張っていたし、キャッチボールすらきついときもあったくらいだ。それがいまでは若い選手たちと同じメニューをこなすようになっている。体がしんどいときもあるけれど、それもだいぶ和らいだ。なにより、同じメニューを提示されているということは、コーチも僕に気を使うことがなくなった、ということだ。その点で少し成長したところなんじゃないだろうか、と思っている。
とは言っても、ランニングのタイムは若い選手にまだまだ追いつかないのだけれど(笑)。
体のことで言えば、これも僕の高校時代にはなかったテニスボールを使った肩周りのストレッチや、ストレッチポールといった道具の発達によって、ひとりでもケアができるようになったことも大きい。家に帰ったらテニスボールが手放せないし、ストレッチポールに寝転がっているだけで翌日の体への疲れの残り具合もだいぶちがう。ぜんぶ自分でできることで、効果もあるのだから、これも昔とは大きくちがうところだ。
野球の進化に驚きながらも、この歳でそうした最先端を垣間見られることに幸せを感じる。正直に言えば、生活はめちゃくちゃ苦しい(笑)。毎月の収入は十万円に満たないから、東京にある家の家賃だけでほとんどなくなってしまう。
でも、今年はそうしたことも辛抱して、できる限り挑戦したいと思ってきたから、新たな気付きの毎日に、野球をやれる幸せを感じることができるのだと思う。
でもだからこそ、絶対に結果を出したいとも思う。