鬼に金棒、意見に理由【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第7回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第7回
【問題解決を遅らせる文化】
結局のところ、両者が解決しようと考えないかぎり、問題は解決しない。逆に見ると、解決しないままの問題は、両方か、あるいはいずれかが、解決したくないと考えている。解決したくないのは、相手が気に入らないからであって、問題が生じている対象はどうだって良い、と位置づけている。気に入らないから気に入らないのだ。その相手がいなくならないかぎり、この種の対立は続く。
そういうわけで、このような問題は「謝罪」では解決せず、お決まりのパターンは、トップが辞任することである。問題を解決しようとせず、相手を排除することに主眼があるため、すぐに「辞任するおつもりはありませんか?」と尋ねることになる。
日本にこれが多いように感じるのは、根拠のない感覚かもしれない。ただ、日本には、「禊(みそぎ」の精神が古来ある。なんでも新しくして、白紙に戻して、水に流してやり直そう、と考える。そういう「気持ち」だけの処理を「解決」だと大勢が認識している。
それを繰り返してきた歴史があるようにも思われる。具体的な対処をしないで、ただ人間を入れ替えるというのは、コンピュータでいうと、エラーが出たらリセットする、という対処に似ていて、その場はとりあえず復帰できるかもしれないが、根本的な問題解決にはならない。文系・理系とあまりいいたくないけれど、この解決は、文系的な解決であり、理系的には解決ではない、とも感じるが、いかがだろうか?
そう考えてしまうのは、理系の問題には、「これが原因」という部分が存在するからだ。だから、そのエラーの原因、つまりバグを取り除けば良い。しかし、文系の問題には、そのような確固とした原因が存在しないのかもしれない。僕にはそのあたりがよくわからないから、想像で書いている。
つまり、問題を解決したくないのは、そもそも問題の原因が存在しないからかもしれない。原因がある問題と、原因がない問題があって、まずはその見極めが必要だろうか。
もし、本気で問題を解決したいときは、対立する相手と合意できる妥協点を探るしかない。相手が、ただ主張したいだけの人の場合、それは「対立」でも「問題」でもない、と認識する以外にない。
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〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。