読み切りマンガ、1作を載せるのに1600万円かかる?
新人漫画家にチャンスが少ない理由
漫画家が知らない「紙のリスク」
編集者も付き合いが長くなるとそれなりに出世して、責任も権限も与えられていく。そうなると、彼らもただ「面白い漫画を作る」という仕事ばかりをしているわけにはいかなくなってしまう。
本来「自分にとって面白い漫画を漫画家と一緒に作りたい」と思っている人が編集者になっているわけで(そういう人でないと編集者は続かない)、そういう人に「その他の義務と責任が乗っていく」という編集者の「出世」は、傍から見ていても少々気の毒に見える。
多くの編集者が「編集長とかその上とかになるより、現場で漫画を作っていたいですよ」なんて言っている。
ある大手の漫画雑誌の編集者から聞いた話では、1本(約36ページ)の読み切りを載せるのにかかるコストは、印刷関係だけで約1600万円かかると言っていた。そこにはデザインや編集関係にかかる人件費は含まれていない。
おまけに90年代からすでに多くの漫画雑誌がその「販売価格の売り上げ」では黒字にならず、広告と、コミックスの単行本、その他メディア関係の売り上げでその赤字を補填するのが当たり前になっている。
多くの雑誌が、毎号出す度に何千万もの赤字を抱える、というのが今の漫画雑誌の状態なのだ。
これは何人かの現場の編集者から聞いてきた話なので、全てが事実とは限らないけれど、少なくともここ数十年の間、漫画関係者はこういう話ばかりをしている。
大ヒット作が支える「新しい挑戦の場」
そういうギリギリの雑誌経営が続くのは、漫画には何本かに1作信じられないような「大ヒット作」が生まれるからだ。
そのコミックスの販売部数が雑誌の販売部数を越えるような事さえ起こる。こうして赤字は埋められ、数年分の「冒険のチャンス」がその雑誌に与えられるわけだ。
「冒険のチャンス」とは、載せても売上には貢献しないとわかっている無名の新人漫画家の作品を載せたり、当たったことのないジャンルの新連載を立ち上げたり、今は人気がないけど本当に面白いと思える漫画なので続けていく、みたいな「冒険」だ。
90年代の漫画があれほど多彩で華やかだったのはこういう「冒険」が許されていたことも大きい。
当時漫画の売り上げは好調で、ヒット作も多く、それが新たな冒険の機会を作り、その中から「型破りな漫画」が生まれていく、という好循環の中にあったのだ。
これが売り上げが落ちると、確実に売れるものを作れ、という流れになって、漫画はその新鮮さを失い、読者が離れていく、という悪循環が起こり始める。
WEB漫画は安泰か?
ではコストのかからないWEBの漫画ではどうか?というと、これはまだ暗中模索の時期にあってなんとも言えない。
WEB漫画では「スクロール漫画」や「モーションコミック」など、新しい試みが生まれているだけ、既存の紙媒体よりも可能性が見えるし、何より「チャンス」が豊富にある。
ところが、その「誰でも発表できる」という仕組みで生まれる漫画には、まだ読者に見せられるレベルにないものが大量に混ざることになる。
そうなると全体にアマチュアレベルの作品を読まされる機会は増え、読者が漫画から遠ざかるか、既存のヒット作しか読まなくなる可能性が増えてしまう。
大御所の大ヒット作と同じ紙面に載れるだけの価値を認められた新人の漫画だけを読んでいた「紙媒体の時代」にはなかった現象が起きてしまうのだ。
そうなると重要なのは「プロの読み手」「漫画ソムリエ」そして「プロの漫画編集者」だろう。
「読みたい漫画」を作る、本当のプロ集団が、既存の出版社を越えて「チーム」となり、WEBや紙を含む多くの媒体で仕掛けていく時代になっていくのだ。
僕も今、大手出版社と2つの企画を進めながら、同時に漫画エージェントとアート業界で作る「チーム」で漫画を仕掛けている。
雑誌は素晴らしい場所だったけれど、「それ」だけでは漫画が続けられないなら、「それ」(雑誌)を含めて新たな冒険をするしかないのだ。
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