「推し」現象の正体とは? アイドルはファンに自己肯定「感」と精神安定を与える【梁木みのり】
ユーキャン新語・流行語大賞に、2021年には「推し活」、今年2023年はアニメ「推しの子」がノミネートされるなど、「推し」という言葉がすっかり市民権を得た。
人々は今、なぜこんなにも「推し」を求めるのか。昨今、「推し」ブームと同じくらいの勢いでさまざまな人が「足りない」「欲しい」と嘆いている、自己肯定感との関係から読み解いていきたい。
かつて日本が高度経済成長を遂げていた頃、人々はみな同じように、高みへ向かって努力すればいいだけだった。銀幕のスターたちは、彼らが理想とする「高み」を演じ、憧れさせて、人々の欲望を満たしていた。
時代が下って経済が下降していくとともに、教育の理想は「個性」「自分らしさ」「ありのまま」といった、統一されないぼんやりしたものへと置き換わっていく。教育システム自体は高度経済成長期から変わらず各一化されたままなので、個性はどうやって見つければいいのか、一体どこがゴールなのかがわからず、人々はさまようことになる。
かつて「自己」は肩書きや実績ではっきりと認められていたが、だんだんと「個性」「自分らしさ」という曖昧な指標で認められることを要請されるようになった。こうしてある時代から人々は、慢性的に満たされない自己肯定感を求め続けるようになってしまった。
この自己肯定感欠乏を満たすのが「推し」だ。なかでも、「推し」という言葉が定着する由来となった「グループアイドルのメンバー」は効果てきめんだ。
推しを決めるということは、大人数の中から「この人がいい」と選ぶこと。グループアイドルは、センターポジションはいるにせよ、全員が等しく選ばれる可能性のある横並びでファンを待っている。その中から心惹かれる一人を選ぶということは、たったそれだけで「自分はこの人を好む人間だ」という個性の表現になる。もちろん、選ぶ対象はアニメキャラでも寺社仏閣でも何でもいい。
そもそも個性は相対的なもの。一人でいても個性は成立しない。一般人なら、先生に「個性を育てよう」と言われても、誰とどう比較して個性を見出せばいいのかわからない。でもアイドルなら、お手軽にメンバーと比べて個性を見出すことができる。しかもそこはキラキラしたステージの世界であって、個性を出せなければ脱落する就活戦争の場ではない。とても安全な個性の発露だ。
なにわ男子のプロデュースを手がける関ジャニ∞の大倉忠義は、2022年8月に放送されたNHK「クローズアップ現代」で、アイドルの成功の鍵は個性を打ち出すことだと語っていた。「推し」時代においてはまさに正攻法と言えるだろう。実際旧ジャニーズのタレントの多くは、高学歴、アニメオタク、一発芸など、一見あまりアイドルという職業に関係がない、一芸とも言うべき個性を売りにしている人が多い。
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