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右肩上がりでない未来【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第9回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第9回

 

【地球環境保護のためには?】

 

 ここ数日、工作室で古い模型の修理をしていた。人が乗って運転できるサイズの蒸気機関車で、15年まえに買った日本のメーカの新製品だった。足回り(動輪やサスペンションの意味)のプラスティック部品が劣化したため、耐久性のある新しい部品と交換した。今日は、その試運転を行い、石炭を焚いて、庭園をぐるりと2周(約1km)走ってきた。気温はぎりぎりプラスの極寒だったものの、蒸気機関車はストーブのように暖かいから、気持ちが良かった。

 蒸気機関というのは、ひと昔まえのテクノロジィである。鉄道は、その後はディーゼルになり、そして電気で走るようになった。かつて沿線では石炭の排煙に苦しんだし、運転士もトンネルを抜けるときは命懸けだった。今は、自動車がようやく電気で走るようになりつつあり、排気ガスから解放されるクリーンなイメージを人々は抱いている。

 だが、その電気はどうやって作られているのかというと、石炭や天然ガスを燃やす蒸気機関であったり、エンジンによるものであったりする。つまり、なにも変わっていない。もちろん、発電所に集約することで高効率にはなる。しかし、送電や蓄電で失われる分も比率として大きい。原子力発電ならばクリーンだが、こちらはもしものときの被害が怖い。

 二酸化炭素を増やしてしまったことが、温暖化を招いていて、異常気象による大雨や大型台風の災害につながっている。今までは大丈夫だった備えが、これからは万全とはいえない。平野に住んでいれば堤防が決壊して洪水になるし、山に近ければ土砂崩れが懸念される。対策としてインフラを整備すると、そこでもまたエネルギィが必要となり、二酸化炭素を増やしてしまう。

 どうすれば良いのか? 答えはわりと簡単で、人口を減らせば良い。そのうえで、安全な地域で、新しいものをなるべく作らず、既成のものを維持して暮らしていく。人は移動せず、創造的な活動はヴァーチャルで行う。争いを避け、産業の発展、経済の発展を諦めること。商売で大儲けしようという資本主義の夢を捨てること。さて、これができるだろうか?

 今いけいけで稼いでいる人たちは反対するだろう。そういう人たちから献金を受けている政治家も反対するだろう。ここ100年ほどは、つまりこんな具合でぐずぐずと問題をさきのばしにしてきた。人は皆どうせ死ぬのだから、自分が生きている間くらいは贅沢がしたい、と考えてきたのだ。子供のため、子孫のためなんて、綺麗事ばかりいいながら……。

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』2024年1月17日発売✴︎

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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