「エロス」と「聖なるもの」で蕩尽するのが人間ではないのか 〜「ホスト問題」と「統一教会問題」の三つ目の共通点【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「エロス」と「聖なるもの」で蕩尽するのが人間ではないのか 〜「ホスト問題」と「統一教会問題」の三つ目の共通点【仲正昌樹】

『アンドロス島のバッカス祭』ティツィアーノ・ヴェチェッリ(製作年:1523-1526)

 

 祝祭に際しては、普段は人々の目から隠されている「聖なるもの」が姿を現わすとされる。「聖なるもの」は、それに触れた人を驚愕させると同時に、強く惹きつけ、正気を失わせるので、畏怖され、通常は、一般の住民がアクセスできないところに封印されている。封印を解いて現れた「聖なるもの」に対し、人間や家畜など多くの犠牲が捧げられ、その偉大さを讃えるため貴重な財物が破壊される。「聖なるもの」に囚われた人々は、普段のあらゆる制約から外れ、狂乱状態に陥る。そこでは、いかなる利益ももたらさない、生産に繋がらない、純粋な「消費」が成される。それが、「蕩尽」だ。

 バタイユ=栗本によると、西欧近代社会は、全員が参加する本格的な祝祭を行わなくなり、そのため溜まった欲求を「蕩尽」することが少なくなり、人々は更なる蓄積のための生産へと駆り立てられ続け、無意識下に抑圧された欲求が増え続ける。それが急に噴出すると、金属バット殺人事件のような理解しにくい現象が起こる。いくら受験勉強で追い込まれたからといって、どうして、自分を養ってくれる両親をいきなり殺してしまうのか。殺人犯になって人生を台無しにするより、入試に落ちて両親にひどく叱責されるほうがましではないのか? バタイユの理論に即して考えれば、今まで溜めてきたものを破壊して、解放されたいという「蕩尽」への欲求が、将来に配慮しようとする理性的思考による制止を振り切って、暴走してしまうから、ということになろう。

 近代化・分業化が進んだ社会で「蕩尽」のための主要な回路を提供するのが、宗教とエロティシズムと芸術である。この場合の「エロティシズム」というのは、単なる動物と同じ様な性行為ということではなく、性に関わる様々な想像や表象を含んでおり、人間特有の現象である。動物は、少なくとも現在知られている限り、性的妄想を抱くことはない。芸術は、一定の形式に即した創造活動なので、多くの人は出来上がったものを鑑賞するという間接的な形でしか参加できないが、宗教とエロティシズムは普通の人でも直接実行でき、分かりやすい形で「蕩尽」が行われることが多い。

 禁欲的なイメージのある宗教と、欲求を解放するイメージのあるエロティシズムは対極にあるように思えるが、バタイユは、神秘的な合一や恍惚状態の体験をする人が、しばしば自分の体験を、単なる神への愛というよりは、エロティックなニュアンスの強い言葉で表現したり、信仰の対象となる神が性器の姿をしていたり、神を慕う信仰者の表情がエロティックに見えるよう、絵画や彫刻に描かれることもあることを指摘している。宗教は一面では厳しく欲求を抑圧するが、別の面では、むしろ神や自然、天などに対する、あるいは信者相互でのエロティックな欲求を全開させる。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか』(KKベストセラーズ)

 

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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