「カラスだ、ひっこめ!」鳥も言葉を持っている
現在観測 第36回
鳥も「言葉」をもっている
「動物にも言葉はあるのだろうか?」
誰もが一度は抱いたことのある疑問ではないでしょうか。しかし、そんな疑問に科学のメスがはいったのは、実はごく最近のことなのです。
僕は大学生の頃、シジュウカラという小鳥の観察を始めました。この鳥は、都市から山林まで広くみられるとても身近な存在で、基本的に一年中、同じ地域にとどまる留鳥です。春から夏は一夫一妻のつがいで繁殖し、秋冬は群れをなして生活します。
シジュウカラの行動や鳴き声を詳細にノートに記載していくと、彼らが実に多様な鳴き声を使い分けていることに気づきました。シジュウカラは鳴き声を使って何を話しているのだろう。そんな疑問から、僕の研究人生が幕をあけました。
10年以上、シジュウカラの研究を続けてきた結果、シジュウカラの発する様々な鳴き声は、厳しい自然界を生き残るための重要なコミュニケーション・ツールとして役立っていることがわかってきました。
カラスだ!ヘビだ!天敵の種類を示す「単語」
4月から7月の繁殖期、シジュウカラは樹木にできた空洞(樹洞)に苔を運んで巣をつくり、毎朝ひとつずつ卵を産みます。計7〜10個ほど卵を産むと、メスはそれらをあたためはじめ、およそ2週間でヒナが孵ります。
樹洞に巣をつくるのは、雨風をしのぐだけでなく、天敵からヒナを守るためと思われます。たしかに、多くの天敵は樹洞にいるヒナを襲うことはできませんが、完全に安全というわけではありません。カラスは嘴を器用に使って、樹洞の入り口からヒナをつまみだして食べてしまいます。ヘビは樹洞に侵入し、ヒナを一羽残らず食べ尽くします。とくに、巣立ち前のヒナはさわがしく,巣内の匂いも強まるので、多くの天敵を引きつけます。
野外での観察から、僕はシジュウカラが鳴き声(単語)を使って、ヒナたちに外界の危険を知らせていることに気づきました。シジュウカラの親鳥は、巣をねらうカラスをみつけると、「チカチカ」と聞こえる鳴き声を発します。この声を聞くと、樹洞の巣のなかのヒナたちは一斉に体勢を低くしてうずくまります。このことで、カラスの嘴を逃れ,攻撃を避けることができるのです。
一方,巣に迫るヘビをみつけると、親鳥は「ジャージャー」と聞こえる声を発します。この声を聞くと、ヒナたちは一斉に樹洞の巣を飛び出します。このことで、ヘビの侵入を避けることができるのです。
ヒナは樹洞のなかから外界をみることができないので、これらの天敵から逃れる上で、親鳥の鳴き声は重要な手がかりです。シジュウカラは、カラスやヘビを示す「単語」を使って、天敵からヒナを守っているのです。
単語を組み合わせて「文」をつくる
シジュウカラは、上記の声以外にもさまざまな声を発します。たとえば、親鳥の周囲に差し迫る危険を仲間に伝える際には「ピーツピ」という甲高い鳴き声を発し、仲間を集める際には「ヂヂヂヂ」という濁った声を発します。実際に、これらの鳴き声を録音して、スピーカーを用いて再生すると、シジュウカラはこれらの声を正確に聞き分けて、異なる行動で反応します。「ピーツピ」という声を聞くと、首を水平に振って周囲を警戒し、「ヂヂヂヂ」という声を聞くと、鳴いている音源に近づきます。
シジュウカラは、これらの鳴き声を単独で発するだけでなく、時折「ピーツピ・ヂヂヂヂ」と組み合わせます。この音声の組み合わせは、たとえば、仲間を集めて、ともに天敵を追い払いにかかる際などに用いられます。
この声を録音して、スピーカーから再生して聞かせると、シジュウカラは周囲を警戒しながら音源に近づきます。つまり、「ピーツピ・ヂヂヂヂ」という声から「ピーツピ(警戒しろ)」と「ヂヂヂヂ(集まれ)」の両方の意味を読み解いていたことになります。これは、単語を組み合わせて文をつくる能力に相当します。
興味深いことに、シジュウカラはこれらの鳴き声を「ピーツピ・ヂヂヂヂ」という決まった順序にのみ組み合わせ、「ヂヂヂヂ・ピーツピ」の順に組み合わせることはありません。実際に、人為的に組み合わせ順序を変えた合成音(「ヂヂヂヂ・ピーツピ」)を再生しても、警戒行動や接近行動などの反応は誘発されませんでした。つまり、シジュウカラは文法をつかってコミュニケーションをとっていたといえます。
いつか鳥たちと会話できるか?
前述のように、最近の研究で、鳥たちにもヒトの言語に通じるような高度なコミュニケーション能力が進化してきたことがわかってきました。カラスやヘビといった天敵の種類を指し示す「単語」から、単語を組み合わせて「文」をつくる能力まで。これらは長いあいだ、ヒトにおいて固有に進化したと信じられてきた能力です。
それでは、いつかヒトと鳥が自由に会話できるような未来はくるのでしょうか?
現段階では、この問いには「No」と答えざるを得ません。もちろん、紹介してきたように、鳴き声がどのような状況で使われ、聞き手がどのような反応を示すのかを調べることで,鳥たちの鳴き声の意味を理解することはできます。
しかし、野鳥が人間の言葉の意味を理解してくれるかというと、おそらくそれはありません。自然界で生き残る上で不要な能力は、なかなか進化しえないからです。
しかし、鳥たちは頭が悪いわけではありません。必要に応じて、他の種類の動物の言葉を理解することも報告されています。たとえば、西アフリカに生息するキンコブサイチョウという鳥の一種は、同所的に生息するサルの一種の鳴き声の意味を理解して、共通の天敵(タカ)から適切に逃避することができます。
ひょっとすると、ヒトが自然と密接にかかわりながら暮らしていた原始の世界では、鳥たちもヒトの言語に耳を傾けていたのかもしれません。