これ以上近づいたら撃つぞ!〜シリコンバレーの鉄道駅は現代アメリカの縮図だった〜【林直人】第1回
【集中連載】これ以上近づいたら撃つぞ!〜シリコンバレーで実感したアメリカと日本の現在〜 第1回
「これ以上近づいたら撃つぞ!」シリコンバレーでの旅は、この一言から始まった。毎日自動運転のテスラで移動、アメリカを代表する起業家の足跡をたどり、インド人寺院で無料のディナーを楽しみながら、シリコンバレーの今から日本と世界の経済のこれからについて考えた。物価高のシリコンバレーで様々な困難に直面しながらこれからの日本と世界について考えた起業家のエッセイ【集中連載】第1回。
■シリコンバレーを見に行くための心の準備
【これ以上近づいたら撃つぞ!〜シリコンバレーの鉄道駅は現代アメリカの縮図だった〜】
・なぜ私はシリコンバレーの鉄道駅で「これ以上近づいたら撃つぞ!」と言われたのか?
「これ以上近づいたら撃つぞ!」
シリコンバレー中心部のサンノゼ駅のプラットフォームに繋がる廊下で、私はアルコール中毒と思しき男にこんな言葉を投げかけられました。ガラスの瓶を手に持っていたので、本当に叩かれたりでもしたら(一応医療保険は2つ入ってから渡米しましたが)医療費がべらぼうに高いアメリカではやっかいです。急いでプラットフォームに駆け上がってベンチに座ると、隣には薬の瓶を持った男が震えながら座っています。おそらく薬物中毒者なのでしょう。怖くなって席を移動したら、彼もまたついてきます。これが今のシリコンバレーの、というよりもアメリカの現実です。
アメリカではなぜ電車に乗るだけで、これほどまでに怖い思いをしなければならないのでしょうか。理由は複合的なものです。
まず、第一にはアメリカにおいては駅の近くというのは治安が悪い場所だからです。移民国家かつ銃社会のアメリカでは、人々は危険な場所を避けるために車で移動し、お金持ちであればあるほど郊外に住むことが好まれます。例えば、この連載でも後ほど紹介しますが、山の頂上にあるインド寺院の周りに時価10億円、時として時価100億円を超える超高級住宅があるのはこのためです。一方で、駅の近くは人が住む場所としてはまさに底辺に位置します。特に、郊外ではなくダウンタウンの駅はそうです。私が居たサンノゼ駅は、まさにダウンタウンの駅であり、貧しい人が徒歩で移動してくることができるという条件を満たしていました。だからこそ治安が悪かったのです。
第二には、アメリカには公的医療保険制度がないからです。日本であれば、精神状況が芳しくない人は場合によっては措置入院に追い込まれます。一方でアメリカでは、特にダウンタウンで生活していると早朝から精神状態が芳しくない方が裸で自宅の周辺を歩きまわったりしています。夜になるとダウンタウンのコンビニの入り口にはホームレスが屯しますし、ダウンタウンから少し離れたウォールマートの入り口でもホームレスがゴミを漁っています。一方で、車でしか移動できないような郊外であればこのような光景を見ることはありえません。いわゆるゲーテッドコミュニティ(ゲートがあり限られた人しか入れない住宅街)で、Amazon宅配を利用しながら生活している人は、こういう光景を知らないままアメリカで過ごすこともできるでしょう。
いずれにしても、私はこのような理由を十分に知った上で、人生経験の一つとしてシリコンバレーの鉄道を使ってみましたが、一度使っての感想は二度と使わないということです。シリコンバレーの格差の現実を理解し、どうせ格差があるのなら自分は上の方に行こうと強く思いました。これこそがシリコンバレーの強さ、そしてアメリカの強さの源泉なのだと思います。
・そもそもなぜ私はシリコンバレー旅行をすることになったのか?
さて、そもそも私はなぜシリコンバレー旅行をすることになったのか。そのことについてここからは説明しようと思います。私がシリコンバレー旅行を計画した理由は、私が貯蓄のかなりの部分を米ドルにしているからです。私はもともと大学では計量経済学をベースとした公共政策関係の勉強をしていたのですが、その時にご指導いただいた先生と社会人になってからも月2回ほど勉強会でお話する機会をいただいておりました。そうした環境下で勉強をしていく中で、日本政府や中央銀行が今まで行ってきた政策や日本経済の基礎力からすると、貯蓄の全額を日本円で持っておくことは極めてリスクが高いと考えるようになりました。そこで、貯蓄のある程度の部分を米ドルにしようと決意しました。株や不動産にすることも選択肢の一つではあったのですが、お金をじゃぶじゃぶ刷る政策が臨界点に達して、それが変更されつつある状況下で株や不動産を買うことはリスクでしかなかったので私はそのような選択を取ったのです(特に不動産は少ない資金で多くの不動産を買うことができるので、逆回転したときのリスクは人生を吹き飛ばすほどだなと思いました。株も信用取引をしていれば同じことが言えます)。
さて、貯蓄のある程度の部分を米ドルにしたことで、アメリカ経済のこれからが気になるようになりました。米ドルと日本円の為替相場を予測するためには、たとえばアメリカと日本の10年もの国債の金利の変動が参考になると言われています。あらゆる金利はこの指標を参考に上下するので、お金は金利が高い国に集まることから、金利が高ければ高いほど、経済の安定感があるのであれば相対的にその国にお金が集まるとも言われています。ただし、為替を決めるのは金利だけではありません。そもそも、多くの人がその国で作られた商品を求めていればその国の通貨に対しての需要もありますから通貨の価値は上がりますし、その逆であれば通貨の価値は上がりません。ですから、そういう部分もしっかりウォッチしていく必要があります。
その上で、たとえば金利動向を予想するには、物価や雇用の動きを見る必要があります。たとえば、物価が必要以上に極端に上がっていれば中央銀行は物価を安定させる必要がありますから金利を上げます。その結果として日米の金利差が拡大して、余計に円安方向に振れるかもしれませんし、逆に日本も引きづられて金利が上がり多少円高方向に振れるかもしれません。ただし、日本の金利が上がった場合には国債の利払い費も上がりますから、日本の国家財政は相当な困難に見舞われる可能性があります。そう考えると、今から補助金・税金をベースとした事業を組み立てることは破綻に陥りかねない愚策だと言えます。また、雇用に関して言えば、バイトの時給が上がっていれば労働需要が労働供給よりも多いということですから、これもまたインフレを加速させます。それを落ち着かせるために金利を上げる可能性があります。バイトの時給が下がっていれば、利上げをする必要はありません。その結果としてこれ以上円安傾向に振れることはないかもしれません。がまた、アメリカの製品へのニーズが高ければアメリカの通貨への需要も高まりますから、円安傾向が続くものと考えられます。