電車内に泥酔した女の子がいた。突如、中年男性が乗降者のどさくさに紛れて彼女の手を繋ぎ、そして・・・【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第34回
【もう二度と同じ辛酸を嘗めないために】
胸騒ぎがした。降車していく人の波に巻き込まれ、その様子を確認しつつも気がついたときには駅のホームへと投げ出されていた。「一言でも声をかけなければ」と判断し、振り返ったときには音を立ててドアが閉じていった。どうすることもできないまま自らの帰路へとついた。
それから長い間考えていた。ただ現実として彼女がどうなったかを知る手立てがないため、あれこれ想像したところで、それは全て〈私が想像した結末〉で終わってしまう。そんな答えのでないことをいちいち気にしたところで、何も現実は変わらないのだから意味はないかもしれない。ただ、私の心の動きを観察した結果をここに記すことで、自分にとって何か意味のあるものへと変容させられるかもしれないと思ったのだ。
この出来事を受けて、私の中に生まれた二つの感情の狭間でゆらゆらと揺れ動いていた。「どんな状況や理由であれ、女の子の心が傷つくような出来事に遭遇してほしくない」と当然のことのように思う。撮影でも、撮影外でもあまり思い出したくないような出来事を経験した身として、出来ることならばそういう思いを一度もせずに人生を歩んでほしいと願ってしまうのだ。何年たっても尾を引いてしまうような恐怖は知らない方がこの長い人生は生きていきやすい。
しかし何も憚らずに言うのならば、心の中のどこかで「それぐらいの予測できる事態なんて、自己防衛するべき」と考えてしまうのは事実である。
「え、これぐらい分からなかったの? ちゃんと自衛をしないと。」
抱えている過去の傷は、何度もこの言葉で抉られてきた。この社会で落ち度なく生きていくために、自分の身を守れるのは自分しかいないと言い聞かせて、想像し得る悪いシナリオを辿らないために自分の手で断ち切ってきた。もう二度と同じ辛酸を嘗めないために。