天皇の「生前退位」をめぐる、男系固執主義者たちの葛藤
ベスト新書「ゴーマニズム戦歴」発売記念コラム①
天皇の権威を護憲に利用する左翼の矛盾
いずれにしろ、男系固執主義者たちの主張はすでに完全に破綻している。にもかかわらず、女系天皇や女性天皇を認めようとはしない。これを見ていちばん喜んでいるのは、天皇制そのものに反対する左翼である。自分たちが何もしなくても、自称保守派のいうとおりにしていれば、いずれ皇室は滅んでしまう。男系に固執する自称保守派は、結果的に自分たちが忌み嫌っている左翼をアシストしているわけだ。そしてわしは、ここでも右と左の両方を敵に回すことになるのである。
もちろん、左翼が「天皇制反対」で一貫しているなら、わからなくはない。ところが左翼は左翼で、天皇陛下や皇太子殿下が現行憲法を遵守する発言をされると、「そら見たことか!」とばかりに護憲運動に利用する。立憲君主制なのだから、天皇が憲法を遵守するのは当たり前なのだが(改憲されればそれを遵守される)、左翼は天皇が反戦平和主義者であることに狂喜乱舞するのだ。天皇制には反対で、男系に固執した挙げ句に滅べばいいと思っているくせに、その権威は信じているのだからワケがわからない。自称保守も左翼も立ち位置がねじれまくってしまい、自分たちが何をいっているのか理解できていないのだ。
わし自身は、「天皇なきナショナリズム」といわれた『戦争論』から始まり、最終的には『天皇論』『昭和天皇論』『新天皇論』の三部作を通じて、「天皇のあるナショナリズム」に着地した。天皇は、日本人の中で唯一、自由も基本的人権も認められない差別された存在である。だからリベラル派は「天皇制は廃止すべきだ」と主張するわけだが、さっきも述べたとおり、これは日本社会を危うくする。天皇を国民統合の象徴とするシステムを廃止したところで、天皇を崇拝する宗教感情は必ず残るからだ。
したがって、日本社会を安定させるには、天皇や皇族の方々には本当に申し訳ないが、憲法の範囲内で差別を引き受けていただくしかない。もし皇室の人々が「自由も人権もない立場はもう懲り懲りだ」とおっしゃられたら、そのときは終わりだ。それでもやってください、とはいえない。でも、そんなことにはならないだろう。これこそが、真に信頼に足る「権威」というものだ。西行のいうとおり「かたじけなさに 涙こぼるる」思いである。そのお気持ちに甘える以外に、日本の安泰はない。それが、自称保守ともリベラルとも違う、本物の保守の考え方なのだ。