余計なものを持つことの価値【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第11回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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余計なものを持つことの価値【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第11回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第11回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)され、絶賛発売中です。


 

 

第11回 余計なものを持つことの価値

 

【もったいないから捨てない】

 

 髪が長くなっている。放っておいても伸びるのだから、僕のせいではないが、僕のものではあるから責任は僕にある。といっても、誰にも会わないし、外に出るときは帽子を被り、フードを被っているから問題ない。長州力くらい長くなったが、長州力が通じないかもしれないし、僕自身、長州力をよく知らない。

 僕が面倒を見ている犬は、首の周りに白い毛がふんだんにあって、マフラかショールをしているような具合だが、シェルティのこの白い首の毛は「カラー(つまり、襟)」と呼ばれていて、白い毛が首を一周している子のことを「フルカラー」という。フルカラーのシェルティは、少し値段が高くなるのだけれど、コンテストに出るわけでもないので、大部分の人には関係がない。

 奥様(あえて敬称)や長女が、さかんに犬の服を通販で買っている。僕の犬にも着せようとする。防寒のためではなく、汚れを防ぐために着せている。頭から服を通して着せると、最初は出た首(というか頭)が小さい。普段見るよりも小顔になる。しかし、そのまま散歩に出かけて、帰ってくる頃には、襟の毛も外に出るため、頭が2倍くらい大きくなっている。顔だけがポメラニアンみたいな。

 振り返って我が身を鑑みるに、タートルネックの服に頭を通すと、長い髪が出きらないから、最初は短い髪のように見える。しかし、動いているうちに、髪が外に出るのだ。犬と同じだな、と思った。なんの不自由もない。まあ、それだけの話である。

 どうして髪が長くなったのかというと、その理由は、奥様が足を怪我したため切ってもらえなかったからだ。寒くなるまえにウッドデッキで散髪してもらうつもりだったが、時期を逸した。今は寒くて散髪どころではない。室内だったら、が(床暖が効いているから)暖かい。あそこで切ってもらうしかないか、と考えているが、まだ考えてるだけの段階である。

 髪の毛とか髭とか爪などは、長くなったら切る。これを「もったいない」からといって躊躇する人は滅多にいない。長期間かけてロングヘアにした人だったら、たしかにもったいない。切った髪の使い道もあるし、その目的で伸ばしている人もいる。

 「もったいない」というのは、日本人らしい感覚だといわれる。都会の人は住む場所が狭いから断捨離するしかない、と風の噂に聞くけれど、田舎へ行くと、納戸とか納屋とか土蔵とかがあって、古い品々がいろいろ収まっている。いつか使えるだろうと、ものを取っておく習慣が見受けられる。使えるものは捨てない、というポリシィなのだ。

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森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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