公立小学校の名物教師が旅する「東南アジア学校訪問記」。「どんな状況でも人は慣れる」とは【西岡正樹】
西岡正樹の「東南アジア学校訪問」〜ベトナム編
公立小学校教員歴40年の名物教師・西岡正樹氏は、
教え子のSにノイバイ国際空港(ハノイ)まで迎えに来てもらった。空港から宿泊先のマリーゴールドホテルに「Grab」という白タクで向かう。噂に聴くバイク集団は見ごたえ十分。空港を出た瞬間に、タクシーの前後左右にあちこちから現れたバイクは、自在に走って行く。その流れを目で追いながらSと話をしていると、遠くに高層マンション群が見え始めた。遠目にはどこの大都市も代り映えはしない。
まもなく、3車線の大きな道から逸れ、中心街へ向かい始めると景色は一変した。所謂使い古された4、5階建てのビルがあたりを覆い、煩雑に行き交う人の中をタクシーは走り始めた。「景色が変わったな」と思い始めたその時、唐突にタクシーは停まった。目の前に水道橋のような建造物が見える。
そして、タクシーの運転手は小さな声で言ったのだ。
「ここから車は入れない。少し行った右側にホテルはあるから」
タクシーを降りると、人々の声(言葉として伝わって来ない)、様々な音(ベトナム語は意味が分からないので音でしかない)が一気に耳に飛び込んできた、と同時に雑然とした光景が目に入った。その時、「ホテル選びを失敗したかな」という文字が、頭の中で一字一字テロップのように流れていく。水道橋のように見えた古い建造物は鉄道線路のようだ。高架橋の上に灰色の空とくすんだ色の鉄道車両が見える。
壁と平行に並ぶ四、五階建ての建物の一階は「店」だ。並んでいる店のどの商品も、きれいに陳列しているとは言い難い。一見何を売っている店なのかさえ判別できない店もある。車1台ようやく通れる道にはビニール袋や紙類などのごみが散乱し、それを片付けようとする人もいない。行き交う人や原動機付きバイクは周りにある何ものも気にせず、気ままに進んでいく。
その風景の中に身を置くことに、戸惑いさえ感じている自分がいた。「パキスタンもこんな様子だったな。あれはもう十数年前になるのか」その時、教え子Sの声がした。
「僕もこのあたりには来たことがないので、面白いですね」
ハノイに駐在している教え子のSは、興味を前面に出しながらあたりを眺めている。それに反し、「本当にこのあたりにホテルなんてあるのか、タクシーの運転手は間違っていないよな」といった言葉には出せない不安が、私の心の中で小さな波のように引いては寄せるのだ。
「あー、ここですね」
またSの声がした。Sが見ている方向に目をやると、「←」と共に「MARIGOLD HOTEL」の丸い看板が見える。「←」の示す方には、私の不安をさらに増幅させる「狭い路地」があった。
「こんな所にホテルが建っているとは」
日本社会の中で無意識に取り込んでいる「当たり前感」は、年齢に関係なく、こういう体験を通してあっけなく打ち砕かれていく。
狭い路地の少し奥まった所にある「マリーゴールドホテル」に宿泊して3日目になるが、居心地がいい。路地の奥まった所にあるホテルだから、外の騒音が聴こえて来ないし、小さなホテルなのだが清潔感に満ちている。3日前に感じた不安は、何だったのだろう。路地の少し奥に建てたのはこういうことだったのか、そう思わざるを得ない。アオザイを着たレセプションの女性は毎朝笑顔で迎えてくれるし、もう一人の男性は眼鏡の奥の目がいつも笑っている。そして、朝食を食べるカフェを切り盛りする若い女性は、常にゲストに気を配り、何気ない一言を心がけているようだ。
「その帽子いいですね」
なんて声をかけられるとお世辞でも嬉しいし、リラックスできる。
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「西岡正樹 東南アジア学校訪問記」
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