お気に入りのブーツが愛犬に噛みちぎられた!その時、自分の感情の変化に唖然としてしまった【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第38回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでほしい」 赤裸々に綴る連載エッセイ「私をほどく」第38回。いつの間に自分は変わったのだろうか? そう気づかせてくれたのは愛犬だった。
【クローゼットの中に仕舞い込まれたものたち】
浴槽から出た私と、部屋の隅で息を潜めるように小さくなっていたあの子の視線がぶつかる。私に対してこういう態度をとるときは、あの子なりに理由があってのことだった。「何かしたな」と視線を部屋の中に移したときに、目の前で発生した事態を瞬時に理解したのだった。どうやらあの子が2ヶ月前に買ったばかりのブーツの一部を噛みちぎったらしい。羊の革で作られたそれは、さぞ噛みやすく、美味だったことだろう。特に何も言わずに、転がっているブーツの片割れを拾い上げ所定の位置に戻す。その後でただ一言「駄目」とだけ気持ち低い声で発すると、部屋の隅にいたあの子が申し訳なさそうに足元に擦り寄ってきた。
こういうときにあまり犬に対して怒りを覚えることはない。あの子の中にはこの部屋に置いてあるものを「自分のもの、また自分に与えられたもの」と「そこに置いてあるもの」ぐらいにしか判断がついていない。もちろん危ないもの(充電コードなど)を噛んだときにはその場で注意することはあるが、それ以外には「まあ置いている人間の方が悪いよね」と思うのが飼い主というものだろう。
ただ、それでも悲しいとか、やるせない感情は湧いてくる。今回ならば、ほんの数ヶ月前にそれなりの値段で購入し、綺麗に大事に履いてきたものだ。そんな状況に私がどうしようもない気持ちに襲われないわけがない、そう自分でも確信していた。
「噛まれていない方も同じぐらいになるまで履きならせばいいか。」
自分の口から出た言葉なのに、唖然としてしまった。
私が信じ込んでいた私はこんな風に事態の収拾をつけなかったはずだ。洋服や鞄、靴にいたるまで、この場所に行くならこれを身に付けても問題ないという基準で選ぶ人間だ。匂いがついたり、汚れそうな場所には大事に保管しているものを持ち出すことはまずしない。それに加えて、自分の大事にしているものに傷がつくのが何よりも嫌で、出来ることならばずっと綺麗なままで存在していてほしいと思ってしまうのだ。そんな癖があるため、購入したけれどほんの数えるほどしか着ていない服や履いていないヒールがいくつもクローゼットの中に存在している。
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