お気に入りのブーツが愛犬に噛みちぎられた!その時、自分の感情の変化に唖然としてしまった【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第38回
【私は傷をどうしても愛せなかった】
何年間か、所有しているという事実が心の安定に繋がっていた時期があった。自分の中にある埋まらない何かを、綺麗で、きらびやかなものーそこそこ手に入れやすくて、分かりやすいもので補おうとしていた。それの最たる例がクローゼットに仕舞い込まれた、使用を第一の目的としていないものたちだ。ふわふわのファーコートも真っ赤なパテントが艶めくバッグも、10センチほどの高さがある折れそうなピンヒールたちも、ただ私の安定のためにそこにいるだけであった。気が向いて使うこともあったが、彼らが陽の光を浴びた時間は極端に少なかった。もちろん購入時からそういう運命を辿ると分かっていて、現実的な仕様頻度なんかよりも、「これ、私のものにしたいの」という気持ちだけで突き動かされていた。
「この仕事頑張ったらご褒美を買おう」
それと同じで耐え難い苦痛で生み出されたお金を、綺麗なものに換える。記憶も感覚も全てそうやって塗り替えたかった。だからこそ、傷や汚れが一つもない状態が正義で、それ以外は私にとって要らないものだった。その傷を愛することはできず、それは所有しているものに対してもそうであるし、私自身に対してもそうであった。
代替品で埋められていた部分を、いつの間にか自分が本当に大事にしたいものや必要なもので満たせるようになっていった。そんな風に自分が変化していることに気がついたのもつい最近のことだ。犬が起こした出来事もそうだが、現実でも心の中でもスペースをとっているものたちの清算をつけていこうとちょうど思い始めたところであった。
いつの間にか行動や価値観が変わっていたんだと気がついた瞬間に「ああ、ちゃんと遠くまで歩いてこれたんだな」という確固たる自信に繋がっていく。「明日から変わろう」と決意して行動に移すのも勿論大事で、ついついそればかりに価値を置いてしまいがちではあるが、こうやって長い時間をかけて、自分でも気がつかないぐらい緩やかさで変化していくのも悪くない。
そして、抱えているものたちの経年変化を受け入れられるようになった今、次は私が私に対しての受け入れ方や愛し方も徐々に変化していくのだろう。自分のことながら、そんな私の変態もこれからの楽しみの一つである。
(第39回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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