「自分が本当に嫌になっていることは何か」それを突き詰めよと身体は時に訴える【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第39回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでほしい」 赤裸々に綴る連載エッセイ「私をほどく」第39回。神野はいま、自分の身体の声にひたすら耳を傾けているという。それはいったいどういうことなのだろうか?
【身体の不調と心の声】
身体が鉛のようにずっしりと重い。ベッドの横に置いたペットボトルをやっとの思いで掴み取り、渇ききった喉を潤す。最後にしっかりとした固形物を食べたのはいつだっただろうか。ここ何日か、尽きることがないと思っていた私の食欲が跡形もなく消え去り、冷蔵庫の中にあった食材を適当に煮込んだスープか、それなりのカロリーを摂取できる飲みものぐらいしか口にしていない。胃に痛みは抱えていなかったので何かを口にすることはできるのだが、あまり気がすすまない。そんな状況がだらだらと続いていた。
しかしながら、自分の身体の不調をそのまま放っておく人間ではない。思いつく限りのあらゆる手を尽くしてみたものの、肉体的な異変は何一つ発見されず、血液検査の結果を見た医師なんかは「すべて優秀、むしろ優秀すぎるくらいの数値ですね」と嬉々として話していた。こちらとしては「せめて何か見つかってくれた方が楽なのに」と思い、嬉しい結果な半面少し落胆していた。
一年に何回か、こういった特定の原因が見つからない不調に陥ることがある。「もう本当に何も手につかない」といったわけでもなく、やるべきことはできるけれどそれ以上のことをする気力は湧いてこないといった具合だ。こういった場合、前者よりも非常に厄介である。何も手につかないぐらい悲惨な状況のときは、大抵自分でもはっきりとした原因を理解していて、単純にそれを解決するか、過ぎ去るのを待てば全て元どおりになる。何となくのゴールが見えているので、「ここまで踏ん張ればいけるな」と思える分どうにかなるのだ。
一方で「何となくの不調」というのは、暗闇の中を街灯なしに歩かされているような感覚に近い。ただでさえどんよりとした体調の中で、「自分自身が本当に嫌になっている原因は何なのか」を掘り下げていかなければならないため、いつも以上に体力も精神力も削られていってしまう。しかもこんなときにそんなことばかり考えていくと不思議と嫌な方向へ転がっていき、私の脳みその中はひどい有様であった。
こないだの週末、天気が良かったのもあってふらふらと外を散歩していた。平日は基本的に家に拘束されているのもあって、太陽の出ている時間帯に外にいるのは久しぶりのことであった。思考がまとまらないときはあてもなく歩き続けたくなる。出来れば騒々しい繁華街よりも穏やかな住宅街の方が好ましい。
ただただ歩き続ける。ここ二週間くらい続いている不調について頭の中でまとまらない考えが浮かんでは消えていく。「ああでもない」「こうでもない」と頭の中がうるさくなる。何もかも考えるのをやめて、ただぼーっと海でも見ながらビールを飲んで寝転がる方が現状としては幸せだろうなと思ってしまう自分もいる。それでも悩んで悩み抜くのはとある理由からだ。
- 1
- 2