「ここじゃないどこかに行きたい」地元を飛び出し東京へ、そしていま海が近い穏やかな街へ【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第43回
【何年も手入れされていない空き家へ】
年が変わった頃、とある県の海沿いの道を車で走っていた。窓から眺める海は夕日をうけてきらきらと光り、空の色はどんなにこれまで獲得してきた言葉を尽くしても表現できないくらいに美しいものであった。その景色を眺めていたら、いつの間にか頭の中にはっきりとした〈ここに住んでいる情景〉が流れ込み、口を開いて出た言葉は「私、この街に住もうと思う」であった。
ずっと暮らしていた東京を離れ、海がすぐ近くにある穏やかな街へ移住する。あんなに東京で家を探すときは築浅で駅から近いところじゃないと嫌だと駄々をこねていた私が選んだ家は、何年も手入れされていない空き家で、しかも車を走らせないと買い物にも行けず、地域の人間としっかりとした関係を持ちながら生きていかないといけないような土地に建っている。7年前、そんな環境が嫌で嫌でたまらなくなって地元を飛び出した私が聞いたら何ていうだろうか。でも、なぜか今の私にはそれがとんでもなく魅力に思えたのだ。
この街で失ったと思っていたルーツを一つ一つ思い出しながら、ありのままの私でいることができる人の隣で時を重ねていきたいと、あの海を見て私の心が叫んだのだ。
どうやら、私の人生の潮目が大きく変化しているようだ。
(第44回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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