人間は聖と俗を合わせ持った存在。ある時は聖人に、ある時はとてつもなく俗物に。そこが人間は面白い 『エル・スール』を読む【緒形圭子】
「視点が変わる読書」第11回 人間の聖と俗 『エル・スール』アデライダ・ガルシア=モラレス著
■人間とはかくも身勝手なもの。しかし同時に…
『瞳を閉じて』は初老の映画監督ミゲルを主人公にしている。かつてミゲルが監督した作品の撮影中に失踪したフリオという主演俳優がいた。失踪して22年後、テレビ番組が昔の失踪事件を取り上げると、フリオがある高齢者施設で働いているという情報が寄せられる。本人であるか確かめるためミゲルがその施設に赴くと、果たしてそれはフリオだった。ところがフリオは記憶を喪失していて、ミゲルのことも覚えていない。ミゲルは昔の写真を見せたり、彼の娘を呼び寄せたりして記憶を取り戻させようとする。
フリオの娘役を演じたのはアナ・トレント。『ミチバチのささやき』の主演の少女だ。現在58歳の彼女の顔に7歳の少女の面影が重なり、魔法を見せられているような気がした。
結局娘に会っても記憶が戻らなかったフリオに、ミゲルはある決定的なものを見せる――。
何故フリオが失踪したのかは最後まで分からない。どんな理由があるにせよ、彼のせいで、映画は完成せず、多大な損害を出し、彼の友人ミゲルは映画を撮ることをやめた。さらに残された妻と娘のその後の人生に耐えがたい哀しみと苦しみを与えた。この事実は変わらない。
人間とはかくも身勝手なものなのだ。
しかし同時に、人間は聖なるものでもある。
その両面をエリセの新作は見事に描ききっていた。
文:緒形圭子
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