次の大迫勇也になるのは誰か。
五輪サッカー代表から読む「経験」論
「現役目線」――サッカー選手、岩政大樹が書き下ろす、サッカーの常識への挑戦
「選ばれない」ことも一つの経験になる
リオデジャネイロオリンピックが開幕します。ファジアーノ岡山からは矢島慎也選手が日本代表に選ばれ、鹿島時代の後輩、植田直通選手もメンバーに名を連ねています。彼らの活躍を期待するとともに、個人的には彼らがオリンピックでどのような経験を積み、何を感じ、そしてここからどのような選手になっていくのかに注目しています。
それは、18人という狭き門の中でメンバーから外れてしまった選手たちにも同じようなことが言えます。「選ばれない」という経験もひとつの経験です。そして、「選ばれないという経験」もまた、選ばれた選手にはできないものです。同年代が世界に挑む戦いを「見ることしかできない」という経験をどのように生かしていくのでしょうか。
思えば4年前はロンドンオリンピックの日本代表に落選した大迫勇也選手が、それを境に一気に”覚醒“し、鹿島のエースストライカーへと変貌していきました。「ゴールを奪う」ということに妥協をすることがなくなり、有無を言わせずゴールという結果で存在を示していく覚悟をプレーからも表情からも伺えるようになりました。
今回は「選ばれないという経験」をすることになった、ファジアーノ岡山でもチームメイトの豊川雄太選手に聞いた話によると、今回のオリンピックメンバーにはこの大迫選手の例がみんなに話されたようです。オリンピックは大きな大会ですが、サッカー選手にとっては一つの通過点に過ぎません。オリンピックを境に、この経験をどのように生かしていくのか。日本代表に選ばれた選手、選ばれなかった選手、いい経験をできた選手、できなかった選手。それぞれの経験の生かし方に注目していきたいと思います。
若い頃、無名だった僕は当然、オリンピックには出ていません。年代別の日本代表にも選ばれたことがなかった僕は、日本代表に入るまで、同年代の日本のトップ集団とプレーする機会さえありませんでした。そのため、今となっては笑い話ですが、日本代表に初めて招集された時、同い年の闘莉王選手や松井大輔選手などは僕に敬語で話してきました。(同じ年ではないと思っただけでなく、見た目で年上と判断されるとは!)
経験の大切さは言うまでもありません。しかし、僕は「何を経験するか」ではなく、「その経験をどのように生かすか」が大切だと言い聞かせてきました。そうでもしなければ、同年代のトップには追いつけないと思ったからです。
だから同時に、経験とはどういったものなのか、何を作り出してくれるのかについて意識して考えてきました。若い頃にさんざん「センターバックには経験が大事だ」と言われ、経験のなかった僕はそれに反発するような気持ちも持っていましたが、今となってはその大切さを痛感する日々となりました。
前置きが長くなりましたが、今回は「経験」とは何か、「経験」で見えてきたものは何か。僕なりの「経験」論を書いてみます。