なぜ「ケ」は、「か」「ご」「こ」とも読む? 日本人の書き間違えから生まれた紛らわしい読み方【呉智英】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

なぜ「ケ」は、「か」「ご」「こ」とも読む? 日本人の書き間違えから生まれた紛らわしい読み方【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」とは

 

◾️なぜ「ケ」は「か」「ご」「こ」とも読むのか

 

 それでも、仮名は原則としては「あ」は「あ」、「イ」は「イ」である。仮名は表音文字なのだから、そうでなければ意味がない。ところが、ただ一つだけ例外がある。「ケ」だ。「ケ」はいつでも「ケ」だと思うかもしれないが、「ケ」には他に次のような三通りの読み方もある。

⚫︎五ケ月間の海外旅行()

⚫︎正月三ケ日()

⚫︎あめ玉一ケ()

 「ケ」を「か」「が」「こ」と読んでいる。これはまちがった仮名遣いだというので「五カ月」「三ガ日」「一コ」と書く人もいるが、かえってこの方がおかしいとも考えられる。というのは、この場合の「ケ」は実は片仮名ではない。漢字から派生した符号なのである。まあ準漢字といったところだろう。

 本来の漢字で書くと、こうだ。

⚫︎五箇月 ・三箇日

⚫︎一箇(画数の少ない同義の漢字で「一個」と書くこともある)

 「箇」は物を数える時の助数詞で「か・こ」と読む。濁音化すれば「が」とも読む。助数詞には他に「个」という字があって、読みも同じく「か・こ」である。この「个」が書きまちがえられたまま定着したのが「ケ」なのだ。「个」は日本ではあまり使われないが、支那では現在でも頻用されている。「一个(イーガ)」は「一つ」の意味である。

 面白いことに、「个」は「ケ」だけではなく「丁」とも書きちがえられ、「目に一丁字もない人(一つの文字も読めない無学文盲の人)」という言葉も出来た。「个」を「丁」と書きちがえる方がよほど「目に一丁字」もないという気がするのだが。

 まぎらわしい話だが、「个」と形も意味も近い「介」も助数詞として使われることがある。「一介の地方議員(その一人にすぎない地方議員)」という時の「介」だ。片仮名の「ケ」はこの「介」の一部を取ったものである。

 「个」が「ケ」と書きちがえられたような例は他にもある。余分に加えられたという意味の「プラスアルファ」だ。「プラスエックス(+x)」を「プラスアルファ(+α)」と見まちがったものらしい。筆記体のxαに似ているからだ。ただし、このまちがいは日本だけのことである。

(呉智英著言葉につける薬』より抜粋)

 

KEYWORDS:

《KKベストセラーズの新刊》

✴︎呉智英「正しい日本語 」エッセイの名著✴︎

待望の【増補新版】で全4冊刊行

 

日本経済新聞 2024/4/27朝刊全五段広告掲載

オススメ記事

呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

言葉につける薬 言葉の診察室① (ベスト新書 612)
言葉につける薬 言葉の診察室① (ベスト新書 612)
  • 呉智英
  • 2024.03.07
ロゴスの名はロゴス 言葉の診察室② (ベスト新書 613)
ロゴスの名はロゴス 言葉の診察室② (ベスト新書 613)
  • 呉智英
  • 2024.03.07
言葉の常備薬 言葉の診察室③ (ベスト新書 614)
言葉の常備薬 言葉の診察室③ (ベスト新書 614)
  • 呉智英
  • 2024.04.09