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映画『オッペンハイマー』とナショナリズムのマグマ 山田風太郎著『同日同刻』を読む【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第12回 ナショナリズムのマグマ 『同日同刻』山田風太郎

 

◾️山田風太郎が記録した「原爆が落とされた日」

 

 『同日同刻』には原爆が落とされた日の広島や長崎の様子も克明に記されている。その惨状は多くの歴史書や写真、映像が伝えている通りであるが、長崎に原爆が落とされた直後、観測機に同乗し、その目で爆発を目にしたアメリカの科学ジャーナリスはこう書いている。

 

「それは雲の上に屹立した山に、巨大な自由の神像が腕を空にあげて、人間の新しい自由の誕生を象徴しているかのようであった」(W.L.ローレンス)

 

 しかし、ローレンスの言葉の後に、山田風太郎はこう続けている。

 

「アメリカ人のいう『人間の自由の誕生』の神像の足下に二十万の日本人の屍体が積まれた」

 

 日本は原子爆弾など使わなくても降伏寸前だった。にもかかわらず、アメリカは日本に二つの原子爆弾を落とした。何故か――。

 この時すでに冷戦が始まっていたのだ。ルーズベルトの死去によって突然大統領となったハリー・トルーマンはルーズベルトのようにソ連に譲歩するつもりはなかった。ドイツから解放された国々を即座に自国の衛生国にしたソ連の傲慢を許しがたいことと考えていた。ポツダム会議の直前に、トルーマンは核実験の成功の報に接していた。その威力をソ連に見せつけ、怯えさせる。これこそが原爆が日本に落とされた理由だった。

 この判断は非道なものといえるだろう。

 しかしここでまた思い出さなければならないことがある。

 日本もまた原子爆弾の開発を進めていた。「F研究」と「二号研究」である。しかし、広島と長崎に原爆が落とされた時はまだ開発途上で実用など遠く及ばない状態だった。

 広島で被爆した直後、「これは原子爆弾ではないか」と問われた文理大きっての新鋭物理学者、佐久間澄はこう答えている。

 

「原子爆弾は、物理の理論としては確実でしょう。しかしただ、それは理論だけのことのはずです。私たちは、いくらアメリカでも、原子爆弾を作るにはまだ百年かかると思っております」

次のページもしも日本も原子爆弾を開発していたら・・・

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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